きのう(24日)の夜は、
第86期岡山労働学校「超入門! 資本論教室」の
第3講義でした。雨の中、13名参加。すごい(と思った)。
テーマは「『資本論』への道―マルクスの学問スタイル」。
こういうテーマで話すの初めてで、
自分自身もすごく身になりました。いやー、おもしろかったです。
あんまり細かい話をしてもイカンので、
ポイントを強調するような話をしたつもりですが、さて。
グループ討論のようすです。
【以下、第3講義の概要です】
はじめに:今日のポイント
①『資本論』は、ぼう大な経済学の研究の積み重ねの上に、生まれた。
②マルクスの極貧生活を支えたエンゲルスの経済支援
③マルクスとエンゲルスの「立場性」―変革の立場にたつ学問だからこそ
一。マルクスの経済学研究の歩み
1。エンゲルスの論文『国民経済学批判大綱』からの刺激
◇それまで資本主義経済や社会のあり方を、歴史的にみれていなかた古典派経済学
◇マルクスは、エンゲルスの論文をきっかけに、猛烈に経済学の研究をすすめる
2。マルクスとエンゲルスとの交流が開始されたパリでの経済学研究
◇『パリ・ノート』(1844年)
◇最初の経済学の著書『経済学・哲学手稿』を1844年8月に書き終える
◇エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』の手法から学ぶ
*理論的な展開と事実の集大成での実証とが折り重なって
3。1840年代後半の研究
◇『ブリュッセル・ノート』
◇『マンチェスター・ノート』
◇その後、ヨーロッパの革命運動が勃発(1848年~)
*経済学の研究は一時中断
4。マルクス、ロンドンへの亡命(1849年8月~)。エンゲルスも11月に。
◇革命の敗北を受け
*きたるべき次の革命をより根本的に準備するためにも、
資本主義社会の運動法則を全面的に明らかにする
必要があることを、いっそう切実に痛感した。
◇経済学研究には絶好の条件が整っていたロンドン
*世界最大の、もっとも資本主義が発達したイギリスの首都
*大英博物館の付属図書館。
*ロンドンで経済学研究を再開したのが1850年9月、
『資本論』の第1巻が公刊されたのが1867年9月。
17年間も要する「途方もない大仕事」だった…!
二。ロンドンへ拠点を移す―マルクスの生活を支えたエンゲルス
1。マルクスの経済学研究最大の障壁のひとつは「生活費問題」
◇マルクスが自分自身で生計の道をたてながら、
片手間で研究を行っていくことは、研究の規模や
性格からいって、不可能だった。
◇エンゲルスの決断―マルクスへの経済的援助
*あんなに嫌がっていた父親の商会(工場経営)の社員となる
*なにより、エンゲルスからの19年間にわたる経済援助が、
マルクス一家の生活を救い、支えていたということ。
これなにし、『資本論』は完成していなかったと言ってもいい。
2。エンゲルスの献身的援助
・・・マルクスの仕事の意義を誰よりも理解していたから
*エンゲルスは、マルクスの経済学研究の、事実上ただ一人の相談相手
*20年間の往復書簡は1344通
◇エンゲルスも、偉大な仕事をたくさんした人
*『反デューリング論』『空想から科学へ』『フォイエルバッハ論』など、
科学的社会主義の理論的基礎の重要な著書を書いた人。
三。マルクスの闘病生活
1。マルクスは青年期は、たくましい体格の元気な青年だった
2。中年以降の健康障害―背景には貧困と激烈な研究生活
◇マルクスの健康問題が研究の障害になり始めるのは1858年以降
◇直接の死因(1883年3月14日没)となったのが、慢性気管支炎とその合併症
◇自己の健康についても科学的見地を貫くーエンゲルスの忠告と激励も
【余談】活動家にとっての健康問題について
四。革命運動と平行しながらの『資本論』執筆
1。マルクスは、つねに革命家であった
◇20歳代なかばで社会変革の立場にたったマルクス
*「変革者」であり続けたことが、彼の研究の動機や問題意識、
その視野を広げ深めたことは、まちがいのないこと。
実践と理論の結合。立場性。
2。2つの特徴的な革命的実践の時期
【1848年~1849年のヨーロッパ革命の時期】
【1864年~1872年の第1インタナショナルの時期】
さいごに:『資本論』のめざしたもの
以上。
感想文を少し。
◆エンゲルスの友情・・・素晴らしすぎます!! 嫌だった
仕事をしてまでマルクスに仕送りをして、資本論を完成
させるサポートをしていたのですから。まず、マルクスの
人となりを学んでから講義に入ると、「これだけ費やして
完成させたのだから、しっかり資本論の内容学ばなきゃ!」
って気になりますね。
◆マルクスの悪筆もワープロがあれば解決できた!
エンゲルス、イェニーたちの献身なくして、マルクスの
偉業はなし得なかった! 『資本論』完成のために、
マルクスはまさに骨と身、魂を削ったのだろう。
◆前回よりマルクスに親しみを感じました。【前回】天才
少年マルクス→【今回】現実を変えるために苦労して
学問を探求する熱い人。
◆まさに「ノートの鬼!」。ノートを取ることは大事だと、
改めて。おおちゃくな自分を少し反省。マルクスは研究者
である前に活動家だということがとても納得。自分の
健康を最近より気をつけるようにしている。が、すぐには
改善されない。「活動家の健康問題は運動に影響する」は、
耳がイタイっす。
◆常に変革の立場でものごとを考えて研究・学習をしていた、
そしてなにより運動をモーレツにしていたマルクス。でも
字が汚かったりする所が少し人間くさくて安心しました(笑)。
私も変革の立場にたって学習していきたい。
◆やっぱり活動家は、実践と理論をすすめていかなくては
いけないのだ! と改めて思う。私も、もっと平和運動に
関係する本を読むべし!
来週からはいよいよ『資本論』の
中身に入っていきます!