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長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

職人としての学習活動家(専従)

メモ

いま、「手仕事」の本を読んでいるんです。

つまり職人さんの世界です。

 

これって、ほんと、学習運動の世界と共通点があるんですよね。

職人さんの「手仕事」がどんどん消えていく、

そのおおきな背景は「需要」が著しく減っていることなんです。

食っていけなくなっているから、職人をやめる。単純です。

 

ざんねんながら、客観的にみれば、

学習運動を取りまく環境も、「需要」が減っています。

全国的にいって、

『学習の友』も勤労者通信大学も、労働学校の受講生数も、

ひと昔前と比べても、落ち込んでいます。本も売れない。

 

もちろん要因は「職場の多忙化」だとか「活字離れ」とか、

「労働組合などの学ぶ気風の後退」だとか、いろいろ考えられます。

単純じゃないですけど。

全労連自体も、組合員数は減少傾向であるし、

世代交代が進み、運動の質量とも、以前の力よりも

落ちている側面は否定できないと思います(これも単純じゃないですけど)。

 

わたしたち学習運動自身の問題も大きいと思います。

教材の質、魅力的なカリキュラムや中身を提示できているか、

組織的力量、どういう努力をしているのか、

時代や若い人とかみあせた運動形態に「進化」しているのか。

率直にいって不十分だと思います。

部分的には前進面も見いだすことができますが、

学習運動の全体状況は、やはり後退の方向に推移しています。

 

都道府県学習組織にいる「専従活動家」も、減少しています。

いまやすぐに数えられるほどです。

財政的な基盤が弱くなっている、というのがいちばん大きいです。

職人さんの世界と同じです。

「学習運動では食っていけない」のです。

 

しかし、学習運動の専従活動家が減るってことは、

すごく社会的・運動的な損失だと思います。

学習活動のプロ(職人)がいなくなっていってます。

研究者や労働組合活動家ではなく、

専従職としての学習活動家です。

 

わたしも学習運動の専従を16年もやっていますが、

実感として「職人的資質」が求められる仕事だな、と思っています。

一朝一夕には、学習運動家としての必要な資質は身につきません。

先輩の姿を見ながら、それを真似して、さらに自分なりに工夫して…。

かなり特殊な世界です。

 

自分を学習運動の専従者として育て上げる日常的な

努力をおこたることはできません。

逆に、日々の努力を積み上げることによって、

わたしなら16年間の経験は、確実に、

専従活動家としての力を磨くことに結実しています。

(不十分さはたっぷりありますけど)。

 

職人の世界では、いちど失われた技術や知識を、

とりもどすことは非常に困難といわれています。

「知識」では体得できない「技」が必要だからです。

でもそれが必要であるならば、途絶えさせてはいけません。

 

学習運動のなかで体得してきた、

「活動家としてのキモ」「伝える技」を、どうやって広げ、

後輩たちに受け継いでいくいのか。

今年40歳になるわたしの課題のひとつとして、

それを考える必要があると思っています。

 

西日本の片隅で、

ジタバタしてみたいと思います。