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長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

なぜ「生活権」ではなく、「生存権」なのだろう。

いまさらながらの疑問。
憲法25条には「生存」という言葉がどこにもないのに、
なぜ「生存権」と言われているのだろう。

25条を読むと、「生活」という言葉が
2回登場してくることから、
「生活権」というのが正しいし、
人権としてのイメージも具体的になると思う。

たんに「生きさせろ」では、不十分ではないか。
国が責任をもつのは、国民の健康で文化的な生活。

生活権。
これからは25条をこう呼ぶことにしよう。

ちなみに、世界人権宣言の25条と27条は以下で、
3条の「生存の権利」からは区別されている。

「何人も、衣食住、医療および必要な社会的施設を含め、
自己および自己の家族の健康と福利のためにじゅうぶんな
生活水準を享有する権利を有し、かつ、失業、疾病、
能力喪失、配偶者の喪失、老齢、または不可抗力による
その他の生活能力の喪失の場合に、保障をうける権利を有する」

「何人も、自由に、社会の文化的生活に参加し、芸術を楽しみ、
かつ科学の進歩とそれの恩恵にあずかる権利を有する」