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長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

哲学にはヒマが必要なのだ。

読書記録

『古代ギリシャのリアル』(藤村シシン、実業之日本社、2015年)
を読み終える。

著者は古代ギリシャ・ギリシャ神話の若き研究者(1984年生まれ)。
アニメ「聖闘士星矢」の影響で神話に
はまったという経歴も「普通感」があってよい。

平易に、身近に、神話の神々を軸に古代ギリシャを語っている。
興味ある人にとってはスコブルおもしろい解説!!

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そして、もっとも「おお!そうだ!!」と思ったのは、
神話の話しではなく、
「人間らしさとは、ありあまるヒマである」と語られていた
以下の部分である。少々長いが引用させていただく。

*   *   *   *   *   *   *   *

 一般の古代ギリシャのアテナイ市民は、2人~4人の奴隷を
所有していて、自ら働く必要がありませんでした。そのため、
奴隷ではない人間が自分で働くことは軽蔑の対象となったのです。
(中略)
 「基本的に週休7日で労働時間0なんだったら、じゃあ古代
ギリシャの市民は普段何してるんだよ?」というと、「schole
(スコーレ)」です。訳すと、「自由時間」、「ゆとり」、
「閑暇」「余暇」「レジャー」・・・つまり、ヒマな時間を謳歌
していました。
 古代ギリシャ人には、「時間を無駄にする」という概念は
ほとんどありません。ボーっとしている時間、誰かとおしゃべり
している時間、・・・積極的に自由に使える時間があることは、
文明的な生活を送るための必要条件だったのです。
 哲学者アリストテレスは、人間が人間でいるためには、労働
ではなく「schole(ヒマ)」こそが重要だ、と言っています
(『政治学』)。そして彼らはその中で政治的行為、学問、哲学
をしていました。哲学は古代ギリシャで花開きましたが、やはり
「『美しい』とは何だろう」「人間とは何だろう」というような
考えは、ある程度ヒマがないと浮かんでこない問題かもしれま
せん。明日が納期という時に、「部長。・・・人間ってなんすかね?」
「うん君、いい質問だね。人間というのは万物の尺度だと思う」
・・・などという会話をする余裕はなかなか生まれません。
 このように、古代ギリシャ人にとっては、すべての人間的で
文明的な活動は、「ヒマな時間」から生まれるものでした。ヒマ
があって初めて人間は学び、考えることができる・・・だからこそ
この古代ギリシャ語で「ヒマ」を表わす「schole」が、英語の
「学校(school)」の語源になっているのです。
                     (210~212P)
*   *   *   *   *   *   *   *

わたしも、哲学がなぜ古代ギリシャで生まれたのかを
説明することがよくあるのだけれど、
「討論によって真理を追求する文化があったこと」と、
なにより労働していなかったので自由時間=ゆとりがあった、
「つまりヒマだったからです!」と、かなり大胆に説明していた。
ただ、マルクス主義の哲学の本に「哲学はヒマから生まれた」なんて
どこにも書いてないので、ちょっと心配でもあった。

でも、この本は私とまったく同じように主張していて、
ある意味安堵した。そうだよね、やっぱりそうだよね、と。

ヒマがないと考えることができない。
ヒマがないとじっくり調べることもできない。
ヒマがないと問うこともできなくなる。

哲学にはヒマが必要なのだ。



*ちなみに「ヒマ」の大事さを説いたアリストテレスの
指摘はそのとおりだと思うが、その反面で、
アリストテレスは労働を価値のあるものと考えられなかった
ために、「商品の価値の内実」(人間労働の結晶)まで分析を
すすめることができなかったと、マルクスは『資本論』で
指摘している。