長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

働くって何?―これから社会に出るあなたへ(1)

表題の文章を「民青新聞」3月21日付に寄稿
しましたが、それに加筆して、3回に分けて
ブログに掲載します。1回目は以下です。

*   *   *   *   *   *

 蛇口をひねれば水が出るのはなぜでしょう。
水が勝手に蛇口にやってきているのではありま
せんよね。水道局の人たちが日夜働いているお
かげです。でも蛇口から出る水をどんなに眺め
てみても、その背景にある労働はなかなか見え
てきません。スーパーやコンビニに買物に行っ
ても、並んでいる商品ひとつひとつは、誰がつ
くったのかわかりません(会社はわかりますが)。
どこで、どんな人たちと、どのような工程でそ
れらの商品がつくられているのか。わかりませ
ん。そうした数々の商品を作り出す人びとによ
って自分の生活が成り立っていて、いわば「お
世話になっている」のに、見えないのです。
 私たちが生きている資本主義社会では、こう
した「人と人との支えあう関係」が、モノとモ
ノ、もっといえば「売った・買った」の関係に
大きく代替される、という特徴があります。社
会的分業もすすんでいますので、それぞれの仕
事がまったく別の場所で行われていて、普段会
うことはありません。社会のなかでそれぞれが
別々に仕事をしていながら、社会が成り立ち、
人びとの生活に必要なものが、おおむね作り出
されているのです。
 私たちが生きている資本主義社会では、ほと
んどの労働生産物が「自分でつかう」ためでは
なく、「売る」ためにつくられます。水もそう
です。トイレットペーパーもそうです。しょう
油もそうです。「売るため」につくられた生産
物は、市場で「商品」となります。
 商品にはそれをつくりだした人びとの労働が
つまっているのですが、つくる現場は目にみえ
ず、市場で商品となっている姿しかみえません。
人びとの労働がなかなか目に見えない社会なの
です。 
 でも、私たちが生きていく土台である衣食住
をはじめ、生活や文化にかかわるほとんどすべ
てのものは、誰かがつくりだし、供給してくれ
たものです。つまり「さまざまな人」が「さま
ざまな場所」で「さまざまな仕事」をしている
からこそ、一人ひとりの生活や文化が成り立っ
ています。無数の労働が社会を支えているので
す。四月から新社会人として働くみなさんは、
その社会を支える一員になるのです。

 「働く意味」は多様です。あまり固定的に考
える必要もなく、仕事内容や環境や年齢によっ
て意味あいも変わっていきます。もちろん多く
の人にとっては「生活のため」という前提があ
ります。他にも、人の役にたちたい、ほしいも
のを買いたい、自立したい、自分の成長につな
がる、社会とつながっていたい、家族を養うた
めに、人との出会いを求めて、自分の使命とし
て、生きがいとなっていて・・・などなど。
 働きはじめると、経験のなかから、「働くと
はこういうものだ」という自分の「考え方」が
育ってきます。肯定的な側面でも、否定的な側
面でも。体験や実感からつくられる「自分の考
え」なので、強いです。ときにはそれが信念に
もなります。でも「自分はこう思っている」こ
とが、他の人も同じように思っているとはかぎ
りません。だから「働くこと」について、お互
いの考えを出しあって交流することが大事です。
視野も広がります。また、「働くこと」の本質
も実感だけではつかめないところがあります。
 若いみなさんにぜひ読んでほしい吉野源三郎
さんの名著、『君たちはどう生きるか』(岩波
文庫)のなかで、主人公のコペルくんに、相談
役のおじさんがこんなアドバイスをしています。
 「自分たちの地球が宇宙の中心だという考え
にかじりついていた間、人類には宇宙の本当の
ことがわからなかったと同様に、自分ばかりを
中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の
本当のことも、ついに知ることが出来ないでし
まう。大きな真理は、そういう人の眼には、決
してうつらないのだ」と。
 働くことに対する考えも、これに似ています。
「働くって○○だよね」という自分の経験にもと
づく考えは、認識の出発点になるもので、大切
にしてほしいと思います。同時に、認識をより
深め、本質をつかもうと思えば、やはり社会科
学を学ぶことが欠かせません。労働とは何かを、
他の動物との比較や、社会のあり方との関わり
で、また人間の歴史のなかでつかむことも大事
です。
 自分自身の経験と、社会科学の認識があわさ
ることによって、「働くこと」を奥深くとらえ
ることができるようになります。それが、さま
ざまな問題に直面したさいに「経験だけで判断
しない力」(科学的判断)になります。社会科
学の学習は、「自分の立場」を客観的に認識す
ることができるからです。「働くこと」にさま
ざまな角度からついて学ぶことが大切なのです。
(つづく)