長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

「労働力という商品を大切にしよう」

以下は、岡山県学習協会報「明日の考察」No.359号(9月)に
「労働力という商品を大切にしよう」と題して掲載したものです。
ご感想・ご意見などお寄せいただければ嬉しいです。


【エネルギーをつかうという共通性】
 夕方。1日の仕事が終わりました。達成感、疲労感、充実感、
後悔、不満、嬉しかったこと・・・仕事を振り返ると、いろいろな
思いが湧いてきます。そして、「はー、今日もよく仕事した!」
「疲れた~」「もうクタクタ」「今日はそんな大変じゃなかっ
た」「やれやれ」「よくやく終わった」など、その日その日で
表現はそれぞれ違うと思いますが、こういう言葉、仕事が終わっ
たあと、使いませんか。職場の人とかわす別れのあいさつは
「おつかれさまでした!」。
 さて、そこに共通するものとはなんでしょう。職場によって、
職種によって、あるいは立場によって、具体的な仕事内容はそ
れぞれです。職場での働き方には違いがあります。世の中には
ほんとうにたくさんの仕事がありますから。でも、仕事が終わ
ったそのとき、私たちには共通することがあります。それは、
「エネルギーをたくさん使った」ということです。精神的にも
肉体的にも。
 もちろん、私たちは生きているかぎりいつだってエネルギー
を使っています。呼吸することもエネルギーを使います。ただ
考えているだけでも消費しています。でもエネルギーをたくさ
ん消費する時間と、エネルギーをあまり消費せず、逆にエネル
ギーを自分のなかで生産する(貯える)時間というものがあり
ます。エネルギーを生産する時間とは、具体的にいえば、休息
(睡眠)時間や食事・入浴時間、あるいは生活のなかでリラッ
クスする時間、などでしょうか。「スッキリした」「充電でき
た」という瞬間、身体のなかのエネルギーが回復したのです。
ただしそれは見えませんが。体温とか血圧のように、「エネル
ギーはいま○○」と数値化できれば分かりやすいのですが・・・。
 1日24時間のなかで、私たちは朝起きて職場に通勤し、
仕事をし、夕方から夜にかけて仕事から解放されて帰宅します
(日中のお仕事の場合)。朝起きたときは、わりと元気です。
まとまった睡眠をとった後ですから。エネルギー補充で決定的
に重要なのは睡眠です。そして朝ごはんも食べて、さあ元気に
職場へ! ・・・そこから4時間、6時間、8時間たつと・・・、どう
でしょうか。「疲労」してきますよね。働くということは、た
くさんのエネルギーを使うからです。これを「労働力の使用」
といいます。働くための肉体的・精神的・知的エネルギーのこ
とです。この労働力は、エネルギーなので、目にみえません。
私たち1人ひとりの身体のなかに備わっていて、満タンになっ
たり、もう残り少ないです! という状態になったりします。
エネルギー量は自分の身体の「感覚」で測る部分があるので、
扱いが難しい。でも労働力エネルギーは、みなさんの中にたし
かに「ある」のです。
 労働者が使用者と労働契約を結び、賃金と引き換えに売って
いるものは、この「労働力エネルギー」です。労働そのものは
売れません。なぜなら職場を所有しているのは使用者ですから。
職場の土地や建物や機械・機材など(社会科学ではこれらを生
産手段といいます)を労働者はもっていません。職場の「働く
手段」と、労働力エネルギーが結びついてはじめて、「働く」
ことができます。だから労働は売れないのです。労働者が売れ
るのは、自分の身体に備わっている「労働力」というエネルギ
ーなのです。これを自らの商品として、時間を決めて、日々売
り続けるのです。そして賃金を得て生活します。

【労働力商品しか売るものがない】
 労働者には違いがゴマンとあります。民間で働いている公務
で働いている、正規で働いている非正規で働いている、大企業
で働いていると中小企業で働いている、下請けで働いている元
請けで働いている、屋外で働いている屋内で働いている、男性
と女性、賃金の多い少ない、資格がある資格がない、職種も仕
事内容も、ほんとうに千差万別です。そして、その違いは目に
つきやすい。クッキリ見えますから。労働者の「違い」は不団
結や競争、差別を生む原因になり、共通点は連帯をつくる要素
になります。違いはすぐに目につきますが、共通点は学ばない
と見えてきません。
 では労働者の共通点とはなんでしょうか? 1つひとつの具体
的な違いを取り除いていくと・・・、「はー今日も仕事したっ」と
いうこと。エネルギーの消費です。そしてそのエネルギーを使
用者に「使わせている」ということです。労働力という商品を
使用者に時間決めで販売しています。この共通点は見えにくい。
なにしろ身体のなかにあるものですから。でも労働力エネルギ
ーの買い手ではなく売り手である、ということは、どんな労働
者にも共通しています。そして「それしか売るものがない」と
いうところも一緒です。
 労働者は、他に売るものがないので、約40年間(いちおう
年金できちんと生活することが可能であると仮定して)、定年
までは労働力という商品を他人に売り続けなければなりません。
だから、労働力商品を大切に扱うことが必要です。賃金の本質
は、エネルギーの適切な再生産のための、ゆとりのある(人間
らしい)生活費です。だから労働力の安売りはだめです。労働
力の酷使なんてもってのほか。きちんとていねいに扱い、正当
な対価も求めてください。なにしろそのエネルギーを使うこと
で、使用者には賃金としてあなたに支払った以上の価値がもた
らされるのですから(これを搾取といいます)。

【労働力商品を酷使させない】
 資本主義社会は、より多くの利潤を求めて、労働力エネルギ
ーの酷使や買い叩きが起りやすい特徴があります。資本の動き
をほうっておくと、労働者の尊厳などおかまいなしに、人間で
ある労働者をモノや道具のように扱い、利潤の最大化をはかり
ます。そうしたことから労働力商品を守る必要があります。つ
まりそれはあなたの体を心身ともに守るということです。それ
を自己責任にしてはいけません。労働者一人ひとりの立場は弱
いからです。労働者の先輩たちは「働くルール」を一つひとつ
たたかいによって勝ち取ってきましたが、それは労働力商品を
資本の横暴から守るバリケードなのです。8時間以上労働力商
品を使用してはならない、労働条件の一方的引き下げもダメ、
休日もきちんと与えなければならない。こうやって法律ですべ
ての労働者の労働力を保護するのです。それが、労働法がある
根本的な理由です。労働者にとって、かけがえのない唯一の売
り物なのですから。
 EU(ヨーロッパ連合)諸国が、勤務から次の勤務までのあ
いだに連続11時間の休息(インターバル時間)を設けること
を法律で決めているのは、労働力の回復を時間的に保障する意
味があります。たとえば夜10時まで残業で働いて、翌朝7時
に出勤なんてことになれば、9時間しか「エネルギーを補充す
る時間」がありません。通勤時間なども考慮に入れれば、睡眠
時間が削られるのは目に見えています。エネルギーが回復しな
いまま次の仕事が始まります。疲れが蓄積されていきます。E
U諸国ではこういう労働力の使い方を使用者はゆるされません。
かならず労働から労働のあいだを11時間空けないといけない
のです。もちろん生活時間の保障という意味もありますが、そ
うやって労働力商品を保護しているのです。

 労働力商品をもっているのは、人間です。でも人間そのもの
は商品ではありません。商品を所有している「尊厳をもつ個人」
です。「個人」とは、近代社会になって登場してきた概念で、
人権のもち手・担い手としての人をさします。日本国憲法は13
条で「すべて国民は、個人として尊重される」とうたっていま
す。1人ひとりが取り替え不可能な「個」として、自分の生命
や自由、そして生活や幸福追求を自らつくりだしていく存在で
す。職場での働き方も、労働力商品の販売でも、労働者は1人
ひとりが尊重されるべき、個人なのです。
 そしてそれを支える担保が、労働組合です。憲法は、労働者
が使用者と対等に労働条件を交渉でき、たたかえるための手段
として、労働基本権を労働者にあたえ、それを法的に保護する
ことを国家に命令しています。憲法は一方的に労働者に肩入れ
しているのです。労働者は労働組合を通じて、労働力商品を大
切にし、自分たちの尊厳を守るもうひとつのバリケードを築き
あげるのです。

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