長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

クルマ社会と子どもたち

『クルマ社会と子どもたち』
(杉田聡・今井博之、岩波ブックレット1998年)を読み終える。

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交通事故を無数に引き起こすクルマ社会の異常、
かつて人びとの生活空間・子どもの遊び場だった道の変質、
変わるべきは車優先の道路環境…。

コンパクトに学べます。

日本の選挙において、
交通政策が議論になるのはいつの日になるのでしょうか…。


以下メモ的に。

■子どもたちのようなこんな弱い者のそばを、これ
だけ危険なものが走っているという事実に問題がな
いのでしょうか。(5P)

■列車が走る空間は限定され、管理されていますか
ら安全なのです。ところが自動車はどうでしょうか。
自動車は、ごく普通の日常空間を走るのです。そこ
には何があるでしょうか。もしくはだれがいるでし
ょうか。(21P)

■事実として道はかつて遊び場だったこと、そして
道を遊び場として保有することは子どもにとっての
権利だということです。ところが子どもにとって権
利の対象であるはずの道も、結局奪われてしまいま
した。たぶん、事実として道が奪われただけではな
くて、その権利性が自覚されないまま奪われてしま
ったのです。(31~32P)

■大人の側が自由気ままに車を使って、私に言わせ
れば勝手放題に、野放図に車を走らせて、路地裏だ
ろうが生活道路だろうがどこへでも入りこんで、子
どもを危険にさらして、そして実際に毎年何百人も
の子どもの命を奪っているのです。そのとき、「交
通事故から子どもを守るために」などと言っていい
のでしょうか。(38P)

■子どもが子どもらしく行動した結果、命を奪われ
るような社会は、歪んだ社会なのです。過失を犯し
たといって子どもを責める前に、たった一つの過失
のために、子どもが命を奪われてしまうようなシス
テムを作った社会の歪みが、問われるべきなのです。
(56~57P)

■基本的に人と車を分けるーその方向で社会は努力
すべきだと思います。(60P)

■やはり交通の絶対量を減らす努力も必要だと思い
ます。そのためには当然ながら、公共輸送機関をた
くさん利用できるようなシステムが不可欠だと思う
のです。たとえそれがマイカーに比べて常に不便だ
ったとしても、子どもたちやお年寄りの安全と安心
が得られるのなら、どちらを優先する社会が豊かな
社会かは明らかです。それに公共輸送機関があれば、
高齢化社会にあってもお年寄りが安心して暮らせま
す。もちろん、自動車メーカー、ディーラーの企業
活動の規制も考えなければなりません。こんな異常
な状況をもたらしている以上、「企業活動の自由」
などと安易に言うことはできません。そしてもちろ
ん、ここまで子どもたちやお年寄りを窮地に追い込
むシステムはおかしいということを、行政機関、自
動車会社を含め、国民が理解できるようでなければ
困ると思うのです。(60~61P)

■クルマではなく人が道の主人公であってほしいと
思います。(61P)