長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

ぶらり、時間散歩 (第9回)

『学習の友』の時間エッセイ9回目です(7月号掲載)。


第9回「自分の時間は自分のもの」

 香山リカさんの『大丈夫。人間だからいろいろあって』
(新日本出版社)を読んでいて、そのとおり! と思った
ところがありました。
 「『何歳まで第一線で仕事をするか』は、人それぞれ、
自分のからだやこころと相談しながら決めればよいこと。
『あの人は私より10歳も年上なのにまだ働いている、
それに比べて私は』などと比べて引け目を感じる必要は、
まったくない。自分の定年は自分で決める」
 自分の人生の時間の使い方は、自分で決める。まっと
うな人権感覚です。
 近代思想家のひとり、ジョン・ロックによれば、「自
由」とは、「自らの適当と信ずるところにしたがって、
自分の行動を規律し、その財産と一身とを処置すること
ができ、他人の許可も他人の意志に依存することもいら
ない」状態だと規定しています(『市民政府論』)。ロ
ックの考え方は、「生命・自由・幸福追求」はまずもっ
て自分のものであり、他人に依存せず、侵害されてもい
けないものであるとし、人権思想としてアメリカ独立宣
言などに結実しています。
 自分の時間をどう「処置」するかは、自分で決められ
ることが大事です。ところが最近の日本では、「定年を
選べる」「多様な働き方」などという美辞麗句で、70
歳までの定年延長が可能になるよう企業に義務づけよう
とする動きがあります。背景には、社会保障費の削減、
年金支給開始年齢をさらに引き上げようという安倍政権
の思惑があります。年金が70歳からになれば、「定年
を自分で決める自由」はさらに狭まっていきます。現在
でも、年金だけでは生活できずにやむを得ず働いている
高齢者が多いのが現実です。
 自分の時間を他人に売る、というのが雇われて働くと
いうことです。自分の定年を自分で決めるためには、雇
われなくても生きていける生活の保障が不可欠。それは
政治の役割です。
 「人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんできめ
なくてはならない・・・。だから時間をぬすまれないよう
に守ることだって、じぶんでやらなくてはいけない」
(ミヒャエル・エンデ『モモ』岩波少年文庫)。
 時間どろぼうをやっつける、参議院選挙は目前です。