長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

講義記録 「労働者の立場と、労働組合の役割」(下)

 レジュメでは「二」に入っていきます。
 労働条件というのは、生活(ときには人生)と働き方
(働きやすさ)を左右します。いくら賃金をもらうのか、
働く時間はどれぐらいか。これ大事ですが、自分の希望
する日に休めるか。また、休憩時間、仕事量、残業代、
職場環境、配置転換、安全衛生、有給休暇、研修機会な
ども労働条件の要素ですね。職場内における正規・非正
規の割合はどうか、職場にセクハラ・パワハラはないか、
差別はないか、ものが言える雰囲気があるか。
 女性の方は、妊娠・出産・育児(これは男性も)に
さいして安心して休暇を取ることができるか。労働組合
のない職場に多いのですが、妊娠を告げると「なんでこ
んな忙しいときに妊娠したんだ!」「もう辞めてくれ」
などのマタニティハラスメントも問題になっています。
きちんとした人員がいて、民主的な風土があってこそ、
いい仕事もできます。
 こうしてみると、「労働条件」といっても、じつに
いろいろな要素があります。いちばん目立つのは賃金で、
労働者の関心も強いのですが、労働条件というのはこれ
らの要素の集合体であり、すべてひっくるめて「働きや
すさ」が決まってきます。

 では、その労働条件は、どのように決定するのでしょ
うか。労働基準法第2条では、「労働条件は、労働者と
使用者が、対等の立場において決定すべきものである」
となっています。やったー、対等だ、と思われましたか?
でも残念ながら、これはあくまで建前なんです。じっさ
いは、労働条件を決める力は使用者がもっています。決
める力、というのは、具体的にいうと、労働条件を先に
提示できる力、とも言えます。
 みなさん就職活動経験された方が多いと思いますが、
「賃金は手取り30万円でお願いします」など、労働条件
を提示しながら就職活動した人はいないと思います。で
きないんです。使用者が決めた労働条件が先に提示され
て、そこに労働者が雇われるわけです。労働者はひとり
で労働条件の交渉はできません。それは働き始めても同
じです。自分はとてもがんばっている、賃金をもっとあ
げてほしい、と経営者にひとりで交渉できるでしょうか。
これは事実上できないわけです。相手にされません。辞
めさせられるかもしれません。労働者の立場は弱いのです。

 ここで、雇われ組の先輩たちのお話を少しだけしたい
と思います。歴史です。まず18世紀イギリスです。産
業革命が起きたこともあり、「雇われて働く人」(労働
者)が急増しました。しかし、当時は働くルールなんて、
なにもありませんでしたから、14時間・16時間など
の長時間労働、その日払いの低賃金、首切り自由、病気
やケガをしてもセーフティネットなし、住環境も最悪で
した。つまり労働条件がとてつもなく悪かったわけです。
経営者の言われるがままの働き方でした。労働者の平均
寿命も短く、バタバタ死んでいきました。
 でも、労働者も人間です。「やってられるか!」となっ
たわけです。やってられるか!となったときに、抵抗が
始まるわけです。最初の抵抗は「盗み」という形でした。
工場の商品をだまって持ち帰って売っぱらって生活の足
しにした。しかしこれはもちろん犯罪として取り締まら
れ、失敗しました。次に労働者たちは、「この機械がお
れたちを苦しめているんだ」と、工場の機械をぶち壊し
ていきます。ラダイト運動ともいいます。でもこれも取
り締まられて失敗します。うまくいかない。しかし労働
者は経験を教訓にしながら、やがて正しい徒党の組み方
をあみ出していくわけです。
 ところで、話し合いの拠点になったのは、パブでした。
仕事を終えて、労働者たちがパブに集まって酒をくみか
わしながら、愚痴を言い合ったり、情報交換をしたりし
ました。そんなパフでまず始まったのが、助け合い活動
でした。共済活動のハシリです。1人ひとりの賃金から
少しずつパブの店主に預けてプールする。仲間が失業し
たケガをしたというときに、その資金で生活を支えたわ
けです。

 次にあみ出したのが、仕事を拒否するという「たたか
い方」。仲間が工場の機械にはさまれて大ケガをした、
一方的に賃金を切り下げられたりしたときに、「もうやっ
てられるか!やめだやめだ!」とみんなで一斉に工場を
出て行ったわけです。ここでのポイントは「みんなで
一斉に」というところです。労働者みんなが工場を出て
行くと、経営者が困ったわけです。なぜなら労働者が働
いてくれないと、工場はまったく動かなくなるからです。
職場を動かしているのは労働者なのです。だから経営者
は顔色を変えて、「帰ってきてくれ! 安全対策するから、
賃金上げるから」となったわけです。
 そこで労働者は気づくわけですね。「おれたちは数が
多い。『みんなで仕事拒否』『みんなで交渉』すること
で、雇用主にものが言える!」ということを。「みんな
で」を武器にすることによって、経営者と対等に近づけ
る。それを労働者はたたかいの中からつかんでいったの
です。
 そしてストライキだけの一時的な団結ではなく、恒常
的に自分たちの「数の力」を結びつけ、強くしていく組
織が必要だ、ということで、労働組合をどんどんつくっ
ていくわけです。こうして世界でいちばん最初に、労働
組合がつくられたのはイギリスでした。
 でも経営者は、労働組合の活動を妨害するために政治
に働きかけ、1899年に団結禁止法という法律をつく
らせます。労働組合をつくってはだめ、ということです。
労働組合の活動は犯罪となったわけです。でもイギリス
の労働者はあきらめませんでした。工夫しながら、隠れ
ながら、活動をねばり強く続けます。なぜなら、そうし
なければ自分たちの生活を守れなかったわけです。
 そうして25年かかって、団結禁止法を撤廃させてい
きます。さまざまな弾圧をのりこえ、権利としての団結
の組織、労働組合が認められていくわけです。ストライ
キ権にいたっては、イギリスの労働者は100年かかっ
て、権利として認めさせました。ものすごいたたかいを
してるんですね。そして世界中に労働運動は広がってい
きます。
 さらに、職場内だけのたたかいをしていたら、結局経
営者たちはおたがいに競争をしているので、労働者の賃
金を切り下げたり、労働時間を長くしていく。だからこ
の競争を制限する共通のルールをつくらせる法律を勝ち
取るための政治闘争にもイギリスの労働者たちは進んで
いくのです。

 以上、ざっと先輩たちの歴史をポイントだけ述べてき
ましたが、こうした200年以上にわたる先輩労働者た
ちの厳しくも熱いたたかいがあったからこそ、さまざま
な権利や働くルールがひとつひとつ、獲得されてきてい
るのです。すごいと思いませんか。
 倉敷医療生協労組にも歴史があります。じつは今年で
結成60周年です。すごいですよね。労働組合はあくま
で自主的な活動ですから、仕事時間以外の時間で、自分
の労力と時間を使って活動します。それを先輩たちは
60年間も続けてきたわけです。
 いまみなさんが得ている労働条件は、あたりまえに昔
からあったわけではありません。顔も名前も知らないみ
なさんの先輩たちが、労働組合をつくり、バドンを受け
渡しながら、1つひとつ、職場の労働条件を改善させて
きたのです。ですから、みなさんたちはすでに先輩方の
たたかいの恩恵を受けている存在です。それを次の仲間、
次の世代に受け渡していくことが大事ではないでしょうか。

 次に、日本国憲法28条の労働基本権について確認し
ておきたいと思います。
 「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行
動をする権利は、これを保障する」とあります。労働三権
とも言います。とくにすごいのは団体交渉権と、団体行動
権です。
 団体交渉権というのは、労働組合が使用者に労働条件
その他の問題で話し合いをしたいと申し込んだら、使用
者はそれを拒否できない、という一方的で特別な権利で
す。
 団体行動権というのは、争議権とも言うのですが、そ
の中心はストライキです。話し合いが決裂した、折り合
いがつかない、そういう場合には、「どうぞストライキ
をやってください」ということです。ストライキを構え
て交渉することで、使用者と対等な立場に近づけます。
これも労働組合にだけ認められた特別な権利です。仕事
を拒否するというのは、すごいことですよね。労働契約
違反です。働くって言って契約を結んでいるのに、働か
ないわけですから。でも、ストライキについては、刑事
上・民事上の責任は問われません。
 10年ほど前にプロ野球の選手会労組が2試合ストラ
イキを行いました。あのとき、球団側には莫大な損出が
出たわけですが、労組はいっさい責任を問われませんで
した。ストライキ権も、労働組合の特別な権利なんです。

 では、なぜ労働組合にだけ、こうした特別な権利が認
められているのか。それは、立場の弱い労働者に、憲法
は「これでがんばれ」と手段をあたえている、というこ
となのです。
 憲法のテキストで有名な芦辺信喜さんの『憲法 第5版』
(岩波書店)は、この労働基本権について、「現実の労使
間の力の差のために、労働者は使用者に対して不利な立場
に立たざるをえない。労働基本権の保障は、劣位にある労
働者を使用者と対等の立場に立たせることを目的としてい
る」と書いています。
 もういちど繰り返しますが、労働者は使用者に比べて、
立場が弱いです。ひとりでは労働条件の交渉は無理です。
だから憲法は、労働三権を無条件で労働者に保障して、
「これをフル活用しろ! そうすれば対等の立場で経営者
と交渉できるぞ」と応援しているわけです。これを使わ
ない手はありません。

 ここで、団体交渉権のもうひとつの意味について考え
てみたいと思います。それは、職場の民主主義を育てる、
という問題です。団体交渉は、使用者に対等の立場でも
のが言える場所です。ふだんは圧倒的に「上」の人に、
自分の思いや意見をぶつけられるのです。自分の職場の
問題、労働条件について、自分の頭で考え、使用者にも
のが言える。そういう労働者が増えるということです。
 逆に、使用者の言われるがままに働く労働者が圧倒的
な職場はどうでしょうか。どちらが職場としてのエネル
ギーがあるか。これはもちろん、自分の意見をきちんと
言える労働者が多い職場のほうが、職場としての力があ
るわけです。それが民主主義です。長いものに巻かれな
い生き方です。ほんらい、会社にとっても、きちんと意
見を言ってくれる労働者が増えるということは、喜ばし
いことなんです。さまざまなチェック機能も働くわけで
す。
 労働組合がなかったらどうか。団体交渉権を使えませ
ん。意見表明できなくなるわけです。日本の職場で、労
働組合があるのは少数です。労働組合の組織率は17%
ほどになっています。あとの83%の労働者は、基本的
に経営者の言われるがままに働かざるをえない立場にお
かれています。これでは職場の民主主義は育ちません。
団体交渉権を、そのようにとらえることも、大事だと思
います。

 さいごに、労働組合の社会的役割についてふれたいと
思います。
 労働組合は、自分たち職場だけでなく、すべての労働
者の「人間らしい働き方」「よりよい生活」のためにも
活動する組織だ、ということです。労働組合は、そうし
た社会的役割を担っている、あるいは期待されている、
と言ってもいいかもしれません。立場が弱い人、声をあ
げにくい人、差別されている人、痛みを強いられている
人を「ほっとかない」組織です。「自分たちの組織の力」
を使って、もっとも立場の弱い労働者をも代表してたた
かいます。基本的人権の担い手として活動します。1人
ひとりの仕事の尊厳、生活の尊厳を守る組織です。それ
はつまり、憲法がめざす社会と合致しているわけです。
 そのために仲間も広げるし、おおきな背景にある政治
ともたたかいます。自分たちの職場のことだけでなく、
そうした社会的役割を期待されているからこそ、日本国
憲法は労働基本権という「たたかう手段」を無条件で保
障しているわけです。またそうしてこそ、自分たちの働
き方も守られていきます。そうした「構えと姿勢」がな
ければ、つまり「自分たちのためだけ」に活動する労働
組合は、信頼を失っていきます。
 労働組合は、社会正義の実現、憲法がめざす社会の実
現のために活動する「なんでも屋」であることを、ぜひ
知ってほしいと思います。

 以上、ごくさわり程度でしたが、労働組合の基本的な
役割についてお話してきました。労働組合の大事さを認
識するためには、こうやって基本的な学習をしていくこ
ととあわせて、「労働組合ってすごい!」ということを
活動のなかで経験することも大事です。
 ぜひこれからも、活動に参加しながら、学びながら、
労働組合への認識を深めていってほしいとお思います。
ご清聴ありがとうございました。