長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

まずは松代大本営を見学

長野1日目(25日)。
岡山を7時の新幹線で出て、長野駅に着いたのは11時59分。
5時間の移動でした(汗)。

午後より、長野市松代の、松代大本営跡の個人フィールドワーク。
案内していただいた長野県学習協のアトウさんは
高校の土木科教員だったので、
土木的観点での解説が玄人でめちゃ勉強になった。

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象山(ぞうざん)の入口。唯一、地下壕に入れる場所。
太平洋戦争終盤、長野県の松代に地下壕を掘り大本営を
移す計画があり朝鮮人労働者を中心に多数を動員。
人命軽視の国体護持政策を学ぶ貴重な場所です。

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中はヒンヤリの15℃でした。

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それにしても巨大な地下壕。国体護持のための狂気の政策。
歴史的事実がここに。沖縄戦とのつながりもクッキリ見えました。

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こちらは舞鶴山。大本営がこちらに入る計画でした。
天皇御座所も。

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現在は地震観測所となっている部分も。

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松代三山(象山・舞鶴山・皆神山)のそれぞれをめぐりました。
ときには道なき道をすすむなど。
3時間ほどみっちり解説していただきました(*_*)


ところでこの日いちばん怒りがわいたのは、
昭和天皇が戦後長野に行幸にきたさい、
「戦中このあたりで無駄な穴を掘ったというのはどこかね」と
長野県知事に聞いたという話。

天皇の認識というのはその程度です、はい。
あなたのためにどれだけの人が亡くなり、苦しんだと思っているのか。