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長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

初めて松代大本営跡に行ってきますー。

日々の日記・雑感

明日から3日間長野。

あさって(26日)に長野民医連の4年目職員研修の講師仕事があり、
前泊+後泊でウロウロ長野県内をめぐります。

明日(25日)は早朝岡山を出発し正午には長野に。
午後、初めて松代大本営跡に行きます。
長野県学習協のアトウ事務局長に案内いただきます。
元高校教諭の方で、松代ガイド上級者。
しっかり見てきます。

土曜日は天気よかったら上高地行きたいけど、
予報では曇りっぽいので、どうしようかな。

というわけでこのブログも来週月曜日まで
お休みです。
日曜ふくめ移動も多いのでたくさん本も読みたいな。


来週、さ来週は講師活動がびっちりで
ほとんど隙がないので、ちょっとエネルギー貯えておきます。

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我が家のねこもこの暑さでダラダラすごしています。

緊張感欠如授業に?

日々の日記・雑感

今日は午後、ソワニエ看護専門学校の13回目の授業。
夏休み明け最初。あと2回。
事実から出発することとその難しさについて。あれこれ。

ちょっとあれですね、もうソワニエ11年目ですから、
「だいたいこんな感じ」の緊張感欠如授業になっているかも。

もっと模索して、もがかないとといけないですね。

いや、ソワニエだけじゃなくて、
あらゆる講師活動に。仕事全般に。

『遅刻の誕生』

読書記録

『遅刻の誕生ー近代日本における時間意識の形成』
(橋本毅彦+栗山茂久編著、三元社、2001年) を読み終える。

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明治後、近代社会となった日本はいつ頃から「時間を
まもる人」を意識的につくりだしてきたのか。鉄道、
工場労働、学校教育、時計普及など関連分野を精査し
検討。日本人の時間認識の変遷。

現代社会に生きている私たちは意識してもしなくても、
「刻まれる時間」のなかで生活している。でも、こう
した時刻にあわせて生活するようになったのは、ここ
100年ほどの出来事。そもそも時計がなかった時代が
長く、腕時計など1人ひとりが時間をつねに意識でき
るようになったのも最近のこと。

なにかと時間に追われる生活をしている現代人だが、
時間とのつきあい方についての「あたりまえ」を歴史
の学ぶなかで相対化することは、とても大事なこと。

論文メモ 「今求められている道徳性の教育とは何か」

メモ

雑誌『経済』9月号は
「安倍『教育再生』のねらい」という特集。

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まあ現状に暗澹たる気持ちにもなるのですが、
佐貫浩さんの論文「今求められている道徳性の教育とは」は、
参考になる部分がたいへん多くて、メモで残しておきます。


「社会の仕組みや他者の支えを信頼して安心して
生きることができるという信頼感が一挙に低下し
ている。生きる希望を奪われている人がすぐそば
で苦しんでいるのに、周りの人間が、それは『自
己責任』だと手をさしのべないままでいるような
状態は、それこそ社会的な道徳性の後退というべ
き事態であろう」(38~39P)

「これらの社会的正義、社会秩序の基本原理は憲
法に書き込まれた。そしてそのとき以来、社会の
道徳性は、憲法的正義の継承発展として、したが
ってまた憲法的正義を担うことのできる主体を育
てることが道徳教育の中心的な目標とされるよう
になった」(40P)

「人権を主張せず、福祉に頼らず、問題が起きれ
ばたえず自分の努力や心のもちかたの弱さの結果
として困難を引き受ける態度の育成がねらわれて
いる。そのような生き方でサバイバルした人々の
なかには、競争にたえられない人々の弱さや、福
祉に依拠して生活を維持しようとすることへのい
らだちや批判の意識が生み出され、それがさらに
競争と自己責任を求める声をも生み出していく。
弱さを背負わされた人々が攻撃の対象とされ、社
会からの排除の圧力を受けるようになる」(42P)

「文科省が進める道徳教育は、社会の問題を探求
する目を閉じさせ、個人の心のありようへと道徳
性を一面化させ、社会の規範や秩序へ同化してい
くことを求める傾向を強めている」(42P)

「『自己責任』意識をもたせるためには、できる
だけ人権意識を鈍化させ、また人権の行使を制限
することが必要だと考えているのだろう」(42P)

「人権の主張は、自分だけの人権ではなく、他者
の人権をも尊重するということである。したがっ
て、徹底した人権尊重の理念は、他者の人権を守
る姿勢をも作り出す。人権の主張と他者と共に生
きるための道徳性が対立するものであるかのよう
に描き出すことは、そもそも根本的な誤りである」
(43P)

「本来教科は、人類の蓄積し合意してきた知識や
文化や価値の批判的継承を任務とする。社会科な
どはそういう点で、社会的正義や憲法的価値の批
判的継承を中心的な目的としていたはずである。
しかし単なる『正解』を伝達する暗記科目化し、
教科本来の道徳性形成力を大きく喪失しているの
である」(49P)

「たとえ『道徳科』が出現したとしても、今日に
おける道徳性の教育が遂行される基本の場が、教
科学習と生活指導の場であるということ、そして
その2つの時間と空間そのものは決して消えてな
くなりはしないのである。したがって、わたした
ちが遂行すべき道徳教育の基本の場は、まず教科
学習と生活指導の場にあるということを改めて自
覚しなければならない」(49~50P)

「子どもたちの関係の中に人権と民主主義、人間
の尊厳を実現する価値意識と方法を実現すること
が不可欠である。それは子どもたちの中に、憲法
的正義を確立することを意味する」(50P)

「たくさんの人に沖縄について知ってもらいたい」

講師活動

今日(20日)午後は5月から定期的にしている民青同盟県委員会の
連続教室の5回目。参院選挙後はじめて。

今日は沖縄戦・沖縄の戦後史、米軍基地問題と
中身の濃い学習会でした。参加中ふたりが高校生。
最年少はこの春高校生になったばかりの15歳。

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パワーポイント使いながら1時間20分ほど講義して
感想交流。たくさん質問も出て、良かったです。
若いみなさんの成長の伸びしろを感じます。


以下感想文の紹介です。

■沖縄といえばとてもきれいな海や豊かな自然がある
リゾート地というイメージですが、その裏では今も
なお続いているアメリカの支配下的扱いを受けている
悲しい現実もあるのだと感じました。それでも沖縄の
人たちは決してあきらめず平和で美しい島を取り戻そ
うと頑張っているのを見て、自分も無関心ではいたく
ないと思いました。

■国政選挙でも県内の選挙でも、はっきりと民意が出
ているのに、政府がその通りに動かない訳は、歴史的
に見ていくことが必要なことがよくわかった。

■最近、興味をもって沖縄のことについて知る努力を
しているが、歴史のことなど、ほとんど知らないこと
が恥ずかしいと思う。今回の勉強を通して、沖縄に
行って自分の目で見て、自分が感じたことを多くの
人に広めていきたいと思う。

■小さいころに沖縄戦について学ぶことがあったけど、
高校生になって改めて学んでみて、とてもわかりやす
く学べました。普段の生活をしていると知らないこと
ばっかりだったので、高江のヘリパッドも住民を押え
つけているのは日本人で、米軍が使うんじゃないのか?
と疑問に思った。前どこかで、「基地があることで沖
縄は恩恵を受けている」という意見を聞いたことがあ
ったけど、今回の学習で、逆に基地がない方が沖縄が
発展するということがわかってすっきりした。ありが
とうございました。

■ありがとうございました。沖縄戦の歴史から順を追っ
て見ていくことで、沖縄の人びとの苦しさややり切れ
なさ、怒りが少し理解できました。日米安保が一方的
に廃棄できるとか、沖縄の基地の軍事的価値がもう低
くなってるとか、沖縄では県民の新基地やめての声が
何度も選挙で示されているのに・・・とか、沖縄の基地
問題はしょうがないことじゃなくて、国民が言えば解
決できることだっていうのを知れてよかったです。や
っぱり正しい情報発信が必要だなと。

■沖縄の人に「本土の人は沖縄のことに関心をもたな
い」と思われ、同じ日本に住んでいるのに敵対視する
のは嫌だ。アメリカの基地なのに日本がつくり、自由
に生活ができるように予算を出すのは本当におかしい
と思う。一方が断れば終わることだから早く終わらせ
たい! そのために、たくさんの人に沖縄について知っ
てもらいたい。自分で人に伝える力を身につけていこ
うと思った。今日は驚きがたくさんあって、来てよか
ったなと思いました。

なんでも言える雰囲気大事です。平和ゼミ。

仕事のようす

今日(18日)は午後、
岡山県民医連の第4回平和ゼミナールの2回目。

事前課題の交流では、「政治の議論」について議論し、
問題意識を交流しあいました。

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そして私が「戦争との距離―生活と人権の視点から」
というテーマで70分ほどの講義。で、また議論。

今年度は「盛り上がりはじめたところで感想交流の
時間が終わってしまう」というグループもあるほど、
活発にみんなで話しあいができています。

職場ではなかなか言えないようなことも、平和ゼミでは
率直に出されているようで、いいですね。
なんでもいえる雰囲気の保障というのは、とても大事です。

今後がますます楽しみです。

憲法の心に耳をすます~連載1回目

ブログ連載

山口県の医療生協健文会の機関誌『健康のひろば』に
「憲法の心に耳をすます~いま問われる主権者力」という
テーマで10回の連載を書かせていただくことになりました。

以下その1回目です。最初なので1面にドドーンと
載ってます。次回からは800字という制限との
キビシイたたかいがまっていることでしょう。

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 みなさんこんにちは。岡山県労働者学習協会の長久といいます。
趣味は映画鑑賞と旅行と読書です。最近みた『マイケル・ムーア
の世界侵略のススメ』は秀作です。舞台はヨーロッパですが、日
本社会を問い直す絶好の作品です。

なぜ憲法を学ぶのか?
 
さてこのたび、『健康のひろば』で憲法の連載を書かせていた
だくことになりました。でも、憲法と聞いて心がウキウキする人
って、あまりいないのではないでしょうか。私も、民医連の職員
研修会などで憲法学習会の講師などさせてもらっていますが、参
加者からは最初、「また憲法か・・・」「そんなことより仕事に役
立つ研修がしたいな」という雰囲気がにじみ出ています。ですか
らいつも、「なぜ憲法を学ぶことが必要なのか?」という話から
します。この連載も、その話から始めようと思います。
 なぜ憲法を学ぶのでしょうか。それは、私たちが人間らしく、
自分らしく生きていくために、不可欠だからです。
 えーとまだ抽象的で、説明が必要ですね。

憲法の自己紹介
 
憲法には、第10章「最高法規」という章があり、3つの条文
があります。97・98・99条です。この3つの条文は、憲法
が「私はこういうものです」と自己紹介をしているところなので、
まずそこから読んでみることをおすすめします。
 まず、97条にはなにが書いてあるでしょうか。
 「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年に
わたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾
多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできな
い永久の権利として信託されたものである」

人権の保障が憲法の目的
 
この条文に、憲法の「目的」がズバリ書いてあります。憲法は、
私たちに基本的人権を保障するものです。これが、憲法を学んで
いく出発点の立ち位置です。その基本的人権とは、人類の先輩た
ちが、「私が私らしく生きていくために、この自由や権利は欠か
せない」と認識し、1つひとつ獲得してきたものです。そしてそ
れらの自由や権利は、現在および将来の国民に対しても侵すこと
のできないものとして「信託された」と述べています。私は、
「信託」というこの憲法の言葉が好きです。信じて託された。誰
から誰にでしょうか。人類の先輩たちから私たちにです。憲法は、
「これを使って人間らしく、自分らしく生きろ!」と、私たち1
人ひとりに、先輩たちから信託されたバトンなのです。

バトンは渡されている
 
基本的人権は、すべての人が生まれながらにしてもっているも
のです。そう、バトンはみなさん1人ひとりに、もう渡されてい
るのです。その具体的中身については、これからの連載でも紹介
していきますが、人権を生かすも殺すも、私たち次第です。私た
ちが憲法をどう認識しているかどうかとは別に、憲法は、私たち
1人ひとりに問いかけています。「私をしっかり使えてますか?」
と。
 次回は、自己紹介のもう2つ。98条と99条について解説し
たいと思います。

塚本監督は『野火』になぜこだわったのか

読書記録

『塚本晋也「野火」全記録』(塚本晋也、洋泉社、2016年8月)
を読み終える。

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昨年、映画館でみた塚本晋也監督の『野火』。
太平洋戦争のフィリピン・レイテ島での日本兵の苦悶と
徹底した戦場の非日常性を描いている。

あまりの凄惨な戦場の描写に、見終わったあとは呆然。
もう2度と見たくない映画だが、見てよかった映画でもある。

本書は、その制作過程と関わった人のインタビューなどで、
作品の深層にせまる。

金がない人がないという、自主映画。数々の壁。
なぜ、そこまでこの映画製作にこだわったのか。
塚本監督の時代認識と危機感。
戦争映画をつくる視点にも共感。

あ、でもまだ原作、読んでないんだよな~。
気の重い読書になるけど、読まなきゃな~。


以下、塚本監督の言葉。


「作っても総スカン喰らう世の中になるか。それなら
いまのうちに、このイヤ~な空気に一石を投じる映画
を作るしかない。平和ボケした人たちの頭をハンマー
でひっぱたくような映画を世に送り出さねばならない」(20P)

「戦争のことだけはムキになってしまうんですね。ど
うしても戦争に近づいているとしか思えなくて」(90P)

「恐ろしい過ちをした過去に美徳を見いだそうとして
いる空気」(91P)

「戦争へ行ってしまうと、そこで行われるのはやりす
ぎの世界ですので、ここまで描かないと(表現が)足
りなくなってしまいます。戦争はそこへ行けば人間の
体が尊厳もなく急に物に変わってしまいますので、映
画の中でもきっちりと、やりすぎな表現をしました」(126P)

「自分としてはやられたことを声高に言うよりは、や
ってしまう可能性が十分にある、人を殺してしまうこ
ともある、という戦争の恐ろしさのほうなんです。こ
の映画では、加害者に誰しもがなってしまう恐怖を描
いてみたかった」(128P)

「非労働時間」(余暇)の過ごし方の発展

読書記録

『「非労働時間」の生活史ー英国風ライフ・スタイルの誕生』
             (川北稔編、リブロ、1987年)を読み終える。

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イギリスで労働者階級が増え、
労働力を販売する時間とそうでない時間の区別が明確に。

「農村的な労働形態では、『労働』と『余暇』は不可分
に結合ないし融合しており、両者を切り離して考えること
はむずかしい。労働の時間と『生活』の時間には、判然
とした区別がなかったのである。しかし、工業化と都市化
は、民衆の時間を、資本家に売り渡した『労働の時間』と、
残った『非労働時間』―「生活の時間」であり「余暇」で
ある―とに分解してしまう。ここではじめて、『余暇の
過ごし方』の問題が、社会的な課題となるべき理由が生じ
たのである」(1P)

飲酒、音楽、ギャンブル、自転車、スポーツ、読書、公園、
レジャー、映画など、「非労働時間」の過ごし方の変遷が
分析されていて興味深かった。

余暇さえも「産業化」「商品化」の対象とされ
資本を増やす資本主義のあり方も。

いずれにせよ、文化とは耕すものであること、
さらに「非労働時間」の過ごし方も階級対立というか、
経済的土台に規定されているのだということを
再認識させられた読書であった。


以下、メモ的に。

「生活文化とは、そこで人がよりよく生きるための
技術の総和のことであろう」(22P)

「『階級』といえるかどうかは別にして、下層民にも
それなりに仲間意識があったことは間違いない。とす
れば、そのような仲間意識はどこで培われたのか。答
えは、おそらく『非労働時間』の側にこそある、と思
われる。ここに、飲酒を伴う『社交』の意味があった
と思われる・・・(略)かれらの社会的アイデンティティ
もまた、労働や生産の局面よりは、こうした『非労働
時間』に展開された『社交』の局面で形成されていっ
たというべきではないだろうか」(52P)

「イギリスは、今日普及している各種スポーツの最大
の母国である。この国は、まず18世紀に、競馬、ゴ
ルフ、アーチェリ、クリケットを生み、ついで19世
紀の後半、とくに60年代から90年代にかけて、一
挙にサッカー、ラグビー、クローケー、テニス、陸上
競技、水泳、漕艇、ボクシング、サイクリング、登山、
バドミントン、卓球等々を今日ある形態のスポーツと
して生み出した。(略)・・・それは、この国が世界で
最初に産業革命を起こした資本主義の国であったから
で、だからこの国は、19世紀後半にいち早く、国民
が各種スポーツを楽しむことができる経済的発展段階
に到達することができたのであった」(126P)

2年連続で徳島阿波踊りへ。次回は踊る!

日々の日記・雑感

14日は、2年連続で徳島の阿波踊りへ。
相方と徳島の友人と3人で演舞場の最前列で観賞。
ド迫力。

人間が踊り狂う深さとエネルギーが炸裂。

阿波踊り、簡単そうにみえて、
ものすごく難しいんです。徳島の人は子どもの頃から
身体で覚えていっているので動きが違います。
とくに腰の安定、足の使い方が素人にはなかなかできません。

でも、次回参加のときは、踊りたいなあ!
見るアホウより踊るアホウに。

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阿波踊りは、こうした演舞場だけが
踊りの舞台ではなく、それこそ街中いたるところで
踊りが行われていて、まさに4日間の期間中は
街が踊りのるつぼと化します。

こんな祭り、日本でもここだけだと思います。

連によって衣装や踊りも違う多様性。
誰でも参加できる敷居の低さ。

阿波踊り未体験の方は、
来年の夏、ぜひ徳島へ!

『ヘビー・ウォーター・ウォー』を一気観賞

芸術文化・映画

13日は5時間ほど仕事したのち、
夕方からDVDレンタルした『ヘビー・ウォーター・ウォー』
(ノルウェー、2015年作、全6話)を一気に観賞。

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第2次世界大戦下、ドイツの原爆製作計画と
それを阻止する連合軍の作戦。実話をドラマ化。見ごたえあり。
核分裂反応の必要な重水をめぐる攻防を中心に。
こんな作戦があること自体、知らなかった。

そして、原爆開発の結果よりも
目の前の真理に熱中する科学者の心理に注目しました。
アメリカのマンハッタン計画に参加した科学者についても、
もうちょっと勉強したいなと思いました。

「社会全体にみなぎる悠長さ」←かつての日本・・・

日々の日記・雑感

流れ着いて手にとった
『逝きし世の面影』(渡辺京二、平凡社ライブラリー)。

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とりあえず6章の「労働と身体」の
ところをツマミ読みしたのだけれど、イヤハヤおもしろい。
幕末前の日本人は、じつに悠長に、
時間や効率に縛られず働いていたということがよくわかる。

当時日本に訪れていた西洋人の著書などをベースにした研究。
時間や期日を守らない日本人と仕事をするのは
「苦痛」「忍耐」だと西洋人にいわれていたり、
歌を唄いながら働くという「苦役を楽しむ国民性」とか、
仕事を休むためにいろいろな「口実」が準備されているだとか
(釣りバカの浜ちゃん的労働者がかつては大勢いたのね・・・)。

著者は「社会全体にみなぎる悠長さ」と書いていたけれど、
時間とか効率とかに価値があるというのは、
ほんとここ100年ぐらいの話なんよね。資本主義の。
そしてそれが本来もっていた「ゆとり文化」を奪ってきた。

たしかに農業分野では日本人の「勤勉さ」「忍耐力」
というのはあったようですけど、
それも絶対の伝統なんてものではない。
現代の「あたりまえ」を相対化する歴史の学びです。