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長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

今日は東京出張。目の前の課題をクリアしていく日々。

仕事のようす

今日(20日)は東京日帰りです。
労働者教育協会の常任理事会。

週末は学習運動組織の全国会議が
あるのですが、わたしは欠席です。すみません。
土曜日は午後に滋賀で講師活動。
日曜日も午前中に講師活動です。


今月は県外出張が5回(来月も5回・・・)。
とうぜん、岡山の事務所での
仕事時間は以前より少なくなっています。
そして生活環境の変化により家事と介護時間がふえ、
さらに事務所滞在時間が短くならざるをえない状況。

バタバタと毎日が過ぎていきます。
目の前の課題をとにかくクリアしていく日々です。

人はなぜ、ベルリン、子規と漱石、マチネの

読書記録

最近読み終えた本。
2017年も系統性のない乱読になっていくのでありましょうか。


『人はなぜ学ばなければならないのか』
         (齋藤孝、じっぴコンパクト新書、2016年11月)

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腰を落ち着けて学ぶことの大切さ、
自己形成・自己更新のための学びなど、
学ぶことの一般的意味を広く浅く。
「社会変革のための学び」という視点がないのが
物足りなさを感じる要因だろうなあ。


『ベルリン物語ー都市の記憶をたどる』
         (川口マーン恵美、平凡社新書、2010年)

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来月、ベルリンに行くのでその予習。
20世紀の世界を語るうえで、ドイツ、
そしてベルリンは外せない軸点。
ふたつの世界大戦、そして都市そのものが
東西冷戦の象徴となったベルリン。うう、楽しみだ。


『子規と漱石ー友情が育んだ写実の近代』(小森陽一、集英社新書、2016年)

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昨年末、以前NHKで放映した『坂の上の雲』を見て、
子規と漱石の友情を知る。からの読書。
文学的素養がないので難しく感じたが、
書くことで他者の眼を引受け、
生の質へ転化するという子規の切迫感がすごい。


『マチネの終わりに』(平野啓一郎、毎日新聞出版社、2016年)

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小説。平野啓一郎さんの世界だなあ、という感じ。
知的かつ感性的で、人生というものへの繊細な目配りと哲学。
社会性も随所に。
40代のおとなの「愛」の形っていろいろありますよね。
はー、とにかく良かった。オススメです。

2月の『友』読書会は3日の節分の日

お知らせ

月1回の『学習の友』読書会。
月刊誌を読み合わせて感想交流するだけですが、これが楽しい!
次回は節分の日、2月3日(金)18:30~です。
恵方巻き食べながらします☆
岡山市北区春日町の地方自治会館2階。参加費300円。
2月号使います。どなたでも参加OK☆

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憲法の心に耳をすます~連載6回目

ブログ連載

毎月、山口県の医療生協健文会の機関紙
「健康のひろば」に連載している憲法の話、6回目です。

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 憲法25条は「生存権」を規定した条文と言われますが、
よく読むと「生存」という言葉はどこにもなく、「健康で
文化的な最低限度の生活」と書いています。私は「生活権」
と呼ぶべきではないかと個人的には考えています。生活は
一人ひとりにとっての「小宇宙」であり、かけがえのない
ものだからです。生活は人権です。

健康で文化的な生活とは?
 大事なことは、「健康で文化的な生活とはどのようなも
のか?」「その基準はどこにあるのか?」を具体的に考え
ることです。
 フランスの貧困指標のひとつに、「過去1年間で、1週
間以上の旅行をしなかった」という項目があるそうです。
たかだか1週間の旅行ができない状況は貧困である、人間
らしい生活とはいえない。これがフランス社会がつくりあ
げてきた「最低限度」の基準です。日本とはすいぶん違い
ますね。
 「人間は、草木とちがって、ただ生きてゆくだけでなく、
人間らしい生活をしてゆかなければなりません」(文部省
『あたらしい憲法のはなし』)。では人間らしい生活、文
化的な生活とはなにか。1人ひとりが考え、議論すること
が必要です。人間らしさの基準は、勝手には上がらないの
です。

異常な日本の年金水準
 安倍政権は、過去最高の防衛予算を計上し、自衛隊が海
外で武力行使が可能になる憲法無視の政治をすすめていま
す。同時に、それは国民の人間らしい生活を置き去りにす
る政治と表裏一体のものです。
 日本の年金水準は現在、現役時の収入の35.1%だそうで
す(平均)。フランスは55.8%、一番高いオランダは90.5
%です。オランダでは現役時代とほとんど変わらない生活
水準を維持できます。夢みたいな話ですが、こういう社会
もきちんとあるのです。
 日本は世界第3位の経済大国であり、お金がないのでは
ありません。無理ではないのです。富の分配が大企業や富
裕層にあまりに偏っていることが問題です。「政治は1人
ひとりの人間らしい生活をまもれ!」の声を広げましょう。
憲法は私たちを励ましています。

岡山県民医連平和ゼミ沖縄FW(3日目)

仕事のようす

3日目(15日)のフィールドワークは伊江島。
平らな島で日本軍の飛行場がつくられたため沖縄戦では激戦地に。
戦後は米軍と伊江の農民との土地をめぐるたたかいがあった場所です。
本部港からフェリーで30分です。

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まずは阿波根昌鴻さんがつくったヌチドゥタカラの家に。

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謝花悦子さんから講話をうける。
10年ほど前にお話を聞いたときと変わらない、熱いお話でした。

その後、資料館を見学。
伊江島の歴史が生々しい資料から伝わってくる場所です。

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つづいて、沖縄戦時、住民などの集団死が起きたアハシャガマへ。

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そして伊江島のシンボルの城山(タッチュー)に。
頂上まで急勾配の階段を10分ほど登ると360度の展望が。
風が強かったですが、爽快です。

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上の写真の奥、伊江島の西部、約3分の1はいまだに米軍基地です。
パラシュート降下訓練やハリアー戦闘機の離発着訓練が日常的に行われ、
オスプレイの訓練も頻繁に。伊江ベースも昨年建設されました。
負担軽減とは逆行の現実。


最後、バスで米軍の補助飛行場を走る。
戦中、日本軍がつくった飛行場を米軍が接収。
いまは整備されていないので日常的には使われてませんが、米軍の土地。

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阿波根さんたちがつくった団結道場もバスから見学。

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伊江島からもどり、名護で宮里そばに。そばに。みんなで沖縄そばをツルツル。

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そして那覇空港から岡山空港に帰ってきました。
ハードな日程でしたが充実の3日間でした。
ゼミ生のみなさんも、沖縄のさまざまな歴史と顔にふれ、
五感で多くのことを吸収できたと思います。

これをどう次の1歩につなげていくか。
残り3回のゼミが大事です。

(おわり)

 

講師依頼について

講師依頼について

ここ数年、講師依頼がとっても増えています。
できるかぎり、ご依頼はメールでお願いいたします。

岡山県労働者学習協会のアドレスは
gaku3738@iris.ocn.ne.jp
です。

講師料は基本、おまかせしておりますが、
県外の場合は、移動の労力もふくまれますので、
おおむね1回3万円でお願いしています。ご了承ください。

岡山県内の場合は、団体それぞれの財政力もありますので、
ご相談ください。よろしくお願いいたします。

岡山県民医連平和ゼミ沖縄FW(2日目)

仕事のようす

フィールドワーク2日目(14日)は嘉数高台からスタート。
沖縄戦での激戦地でもあります。

米軍普天間基地を眺望。

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オスプレイが静かに並べられていた。
先月墜落事故を起こしながら、またたく間に飛行と訓練を再開した米軍。
もの言えぬ日本政府。矛盾の集中点。

そして沖縄国際大学の普天間基地所属米軍ヘリ墜落(2004年8月)現場跡に。

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墜落直後から米軍に「制圧 」された現場。
日米地位協定は占領期と変わらない米軍特権の数々を70年以上たった今も継続。

生活の隣に基地や危険な軍隊がある沖縄。
基地をなくしたいという沖縄の声は、ごくごく当たり前の、
最低限の要求ではないだろうか。

つづいて、基地外米軍住宅が集中する地域を見学。
その後、米軍の空軍基地である嘉手納基地へ。展望台から基地を眺める。

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ガイドさんが「成田空港の倍の面積という広大さ」と
説明されていたので岡山空港ではどうだろうと調べたら
岡山空港(駐車場ふくめ)の約10倍の巨大さでした。

さらに空も嘉手納ラプコンという米軍優先の空域に
沖縄本島はすっぽりおおわれています。沖縄の土地を返してほしい。
沖縄の空も海も返してほしい、と思います。

 

さらに北上し、名護市辺野古へ。
新基地建設に反対する座り込み行動4654日目。

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キャンプシュワブゲート前も923日目。
毎日毎日毎日…。このような平和運動は世界に例がないだろう。

しかしこの「長さ」は、誇れるものではない。
基地に固執しあらゆる手段で強行しようとする権力を
とめられない本土のたたかいの非力さでもあると思う。

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ゲート前では、沖縄民医連の瀬長和男さん(県統一連事務局長)から
現在の工事の状況や座り込みのたたかいの意味について説明を受けました。


この日は最後に、沖縄北部、東村の高江へ。
米軍オスプレイが離発着訓練を行うヘリパッドは
残る4つがほぼ出来上がってしまった。
ゲート前もかなり静かな状況に。悔しい。

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座り込みのテント当番がたまたま現地高江に住んでいる方で、
高江が好きで移住してきたこと、なぜ座り込みを始めたのか、
昨年の国による暴力的排除のこと、
オスプレイが自宅の上も飛ぶこと、など、
住んでいる方でないと語れないことや気持ちをうかがうことができました。

そしてテントにおられた3人のうちのお一人が
プロ写真家の森住卓さんで、ゼミの集合写真を森住さんに
撮ってもらえるというオマケつき。さまざまな偶然に感謝(*_*)

 

2日目夜も懇親会。
この日のフィールドワークは、沖縄の自然や魅力が壊されるという
角度から基地問題をとらえた感想があり、
大事であたりまえの視点だと感じる。

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また、きのうの沖縄戦フィールドワークは
かなり気持ちが重たくなったと。
「思い出したりして寝るのに苦労しました」というゼミ生も。
ひるがえって自分はどうだろうかと自問する。

懇親会でのその他の話題は、職場のこと、働き方、お酒、
などなどなどなど。

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沖縄2日目で、食事も行動もつねに一緒に。
ゼミ生の距離感はまたぐいっと縮まったように思う。

岡山県民医連平和ゼミ沖縄FW(1日目)

仕事のようす

今年も、民医連第4回平和ゼミナールのメンバー12名で
沖縄フィールドワーク3日間に行ってきました。13日~15日。
私は毎年このFWに参加してますが、
今年から新しく伊江島も行程に入れました(3日目)。

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岡山空港に集合。欠席者なし。

この平和ゼミは、昨年の7月から月イチで学びを積み重ね、
沖縄の事前学習も2回してきてのフィールドワーク。
基地問題も日々動いています。
現地でしっかり学び交流でき、次につなげる3日間になったと思います。

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さて、2時間ほどで那覇空港に到着。17℃。くもり。
沖縄初めてのゼミ生は6名。半分でした。
空港で各自好きなお弁当を買い込み、まずは南風原にバスで移動。

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この日(13日)は沖縄民医連・浦添診療所の職員の方
2名が南部戦跡案内をしていただきました。
「事務長集団はガイドできるように取り組んでいる」とのことで、
沖縄民医連で20数名はガイドができる体制になってきているそうです。


南風原文化センターと陸軍病院南風原壕群20号の見学。
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沖縄戦時の「病院」の実態とそこで起こったことをたどりました。
ひめゆり学徒の最初の配属先です。

壕の暗さや狭さはある程度イメージができますが、
音やにおい、米軍に追い詰められているという
恐怖は追体験が難しい。想像力が必要になってきます。
ガイドの方もそれを強調されていました。 

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20号跡は南風原の地元の方で沖縄戦当時2歳の方が
ガイドをしてくださいました。
戦後は畑から人骨がゴロゴロ出てきたことなど、
詳しくお話してくださいました。

つづいて魂魄の塔、追い詰められた南部の海岸、
ひめゆり資料館をまわりました。

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想像をこえる、悲痛の体験があったその場所で、
当時のことをイメージし、また当事者の証言にふれる重み。

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こちらは糸数アブチラガマ。

初日全体の感想として沖縄に初めて訪れた看護師さんは
「人権もなにもない。選択肢のない極限状況に追い
込まれるのが戦争なんだと感じた」と語っていました。
中身の濃い1日目のフィールドワークになりました。


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そして1日目の夜はもちろん居酒屋での交流会。
この日のFW感想を語るとこからのカンパイ!
これまでの量的積み重ねがあるからこそ、一気に距離が縮まる1日。
ゼミは基本、昼間の時間。今日は朝から夜までまるごと一緒。
その人のさまざまな顔がみえてきます。

(つづく)

入門コーステキストづくりと、行ったことのない県からの講師依頼

仕事のようす

12日(木)は、東京日帰りで、
勤労者通信大学入門コースのテキストづくりの会議でした。
カリキュラムがやっとまとまりつつあります。
ぐいぐいと進めていかねば。

会議終了後はみんせいからテキストづくりに関わってもらっている
T田さんと御茶ノ水駅かいわいのカフェであれこれ交流。
話題は青年運動、最近読んだ本、ジェンダー、その他その他。
お別れして羽田空港に。


ところでこの日は、思いもかけぬ講師依頼が。

「この県とこの県とこの県とこの県とこの県には
行ったことがないので、このうち2つに行く」

  ↑ これ、元旦に深く考えずに書いた
2017年目標のひとつですが、なんと、
これを読んだ人から回り回って、とある「この県」の人に伝わり、
講師の打診がありました☆ (まだ本決まりじゃないけど)

書くと、何かが生まれる。
そして、これまでのさまざまなご縁に感謝したのでありました。

東京出張からの沖縄フィールドワークへ

仕事のようす

今日(12日)は、勤労者通信大学入門コースの
教科委員会で東京日帰り出張です。
テキストのカリキュラムもそろそろ大詰めの議論に
なります。さてどうなるでしょうか。


13日~15日は、岡山民医連第4回平和ゼミナールの
メンバーと沖縄フィールドワークの3日間です。
刻々と情勢や動きが変わってきている沖縄。
また私は4年連続の平和ゼミでの沖縄FWですが、
今年から伊江島もコースに入れています。

ゼミ生のみなさんとしっかり学んできたいと思います。
私自身は通算26回目の沖縄です。


ということで、ブログ更新は16日までありません。
元気に行ってきます!

『この6つのおかげでヒトは進化した』

読書記録

『この6つのおかげでヒトは進化した
     ーつま先・親指・のど・笑い・涙・キス』
    (チップ・ウォルター著、横山あゆみ訳、早川書房、2007年)
                         を読み終える。

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おもしろかった。ああそうなのか、の発見もたくさん。
でも10年前の本だから、進化過程の研究成果の
更新もあるのだろうな。

いろんなことが見えてくる学びの醍醐味。
「人間臭さをないがしろにすることなく、
その成り立ちをも解きあかそうとしている」(訳者あとがき)
にも共感。

以下、自分用のメモ。

「私たちの行動パターンは、ほかのどんな動物よりも
決まりきっていない。人間はDNAに縛られる度合いが
低く、可逆性が高い状態で生まれてくるようになった。
 人類学者のW・M・クログマンはこう説明している。
『成長期がこれほど長く続くのは、人間ならではの特徴
だ。それがあるからこそ、人間は単なる本能の動物では
なく学習する動物になっている。生まれながらに刷りこ
まれている絶対的な本能の指令に従って行動するのでは
なく、行動を学習するようにプログラムされている』
別の言い方をすれば、ただ単に学習できるだけでなく―
学習するだけならイヌやネズミにもできる―学習し、変
化に対処し、その変化に応じてさらに変化することので
きる生物になった」(70P)

「手が進化したために、なかでも完全な対向性のある親
指が進化したために、私たちの脳は物理的な世界をより
いっそう正確に知覚できるようになった。親指のおかげ
で、環境から与えられるものにただ受け身で反応するだ
けではなくなったからだ。今や自らの意志で環境をつか
み、操作できる。それまでどんな動物もできなかったや
り方で。このことは、人類の進化におけるふたつの重要
な出来事を結びつけていく。たいていの人は、そのふた
つに関連があると思ってはいないだろう。そのふたつと
は、道具作りと言語だ」(93P)

「地球上に何千種といる哺乳類のなかで、ヒトほど顔の
表情が豊かな生物はいない。人間の顔には、左右に22
個ずつ、合計44個の筋肉がある。チンパンジーの2倍
の数だ」(114P)

「児童心理学者(とたいていの親)は、生後わずか8ヵ
月の赤ん坊でも思考のプロセスが非常に複雑なのを知っ
ている。彼らは言いたいこと、表現したいことを明確に
もっている。ただ、のどの形に制約があり、脳の構造や
神経系もまだ未発達なために、言葉を発するのが無理な
だけだ」(124~125P)

「自然は脳の大きさに制限を置いた。だが、私たちの進
化はそこで止まらなかった。単に別の土俵に移って、知
識や情報を自分たちの頭の外にも蓄える方法を見つけた
のである。カール・セーガンはかつてこれを『体外記憶』
と読んだ。別の言い方をすれば、人間の文化である」(222P)

「その原始的な衝動が、私たちのなかで複雑な感情へと
変化を遂げた。愛、憎悪、好意、友情、嫉妬。そのほか、
罪と美徳のありとあらゆる組み合わせが誕生したのであ
る。
 (略)だが、言語という強力な武器をもってしても手
に負えず、表現しつくせない部分がある。それらは、意
識的な自己表現が進化する前から備わっていたものなの
で、言葉では言いあらわしがたい。そのため私たちは、
言葉を獲得したあとでも新しいコミュニケーション法を
編みだす必要があった。(略)その新しいコミュニケー
ション法は、やがて3つの素晴らしい行動へと姿を変え
た。笑うこと、泣くこと、そしてキスをすることである。
どれも言葉を必要としない不思議なコミュニケーション
だ。この3つの行為をするのは人間以外にない。これら
は、ほかの人と離れたくないという人間の思いがいかに
強いかを如実に示している」(226~227P)

「サルたちにもほかの哺乳類にも、涙を流すための管は
あるが、それはもっぱら目の維持のために使われる。涙
が目を潤し、目を癒す。人間にも同じ管があり、眼球を
清潔にして健康に保つ働きをしている。ところが、進化
のどこかの時点で何らかの理由により、サバンナの類人
猿かさらに古い祖先たちの体のなかに、涙を作る涙腺と、
感情をつかさどる脳領域とのあいだに物理的な接続がで
きた。こんな現象は自然界で類を見ない」(266P)

ナラティブを組織化する

講師活動

「ナラティブ(ストーリーを語る)」

今日午前中の学習会ではじめてこのテーマでの問題提起をした。
ナラティブとは、ひらたくいえば
「自分自身の経験やストーリーを語ること」である。
以前、看護の本を読んで出会った言葉なのだが、
労働学校運動をつうじてその大事さはだいぶ以前から意識化していた。

自分自身のことを、気持ちの部分ふくめて、その経験や変化を語る。
これは聴く人が強く共感する部分である。
人間にはミラーニューロンという神経細胞もありその力がある。
労働学校で、どんな講師の話が参加者の反響が大きいかを考えると、
講師が大事な原則や課題だけでなく、
自分のことを語っている場合が多いのである。

もちろん、自分自身のことをやみくもに語るのではなく、
その自分の経験や物語が、じつは職場の問題や働き方、
ひいては社会情勢と関わっているということが
「浮き上がってくる」話がよい。
こういう話をするには、一定の経験や訓練が必要であるが、
誰でもできる。この「コツ」を技術化する大事さ。

岡山労働学校では過去に2回、
「こんな人に会っちゃった教室」を開催した。
まさにナラティブ的学びの教室。
でも講師まかせにせず、事前に講師との打ち合わせもきちんとする。
講師自身が「こんな経験話して参考になるのかなあ」と
思っていてもピカピカ光る原石話はたくさんある。
それを引き出すことも大事。

個人の経験やストーリーは「個人のことだから」と
あえて話をしなかったり、遠慮する傾向が強い。
だから「聴いて発掘する」作業とあわせて、
「あなたのその経験に、いろんな教訓がつまっている。
ぜひ広げたいし共有化したい」という
「ナラティブの組織化」も必要。言語化しないと埋もれていく。

また自分の経験やストーリーを語るということは、
自分の体験の意味を
あいまいにせずに確定化していく作業にもなる。
そのことを通じて自分の考えや変化の意味をより
深く思索することにもなる。普遍化にもつながる。
アウトプットすること、そして文字に残せば、
振り返りも共有化もより可能となる。

SEALDsのスピーチの新鮮さは、
「自分の生活体験や気づき」が軸にあって、
そのことと社会・政治の不条理がつながりあいながら
展開されて語られたことにあったと思う。
たんに「自分のこと」だけでない、普遍化できる語りを
自分の言葉を軸にしながら、である。これはそう簡単ではない。

ということで、
もうちょっとナラティブを運動の組織化や伝え広げる手法に
取り入れるための整理を
自分自身もしようと思った今日の学習会でした。
あ、ちなみに生協労組おかやまの新専従教室の8回目での話でした。
その後の感想交流でもより深まったと思います。
ありがとうございました。

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