長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

ひめの誕生日は京都でお祝い

11月30日~12月1日の週末は、京都へ。
「行けるときに行っとこうツアー2019 第6弾in京都」でした。
相方の誕生日(11/30)にあわせて。

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10時半に自宅を出発し、いつもの福祉車両のレンタカーで京都まで。
14時には醍醐寺に到着。紅葉おわりかけでしたが、まずまず楽しめました。

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池にこの時期の色彩が映える。

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いったんホテルにチェックインしてから、
18時半より相方の誕生日を祝うために、京都を中心に仲間が集結。
人との出会いとつながりが宝物ですな~。

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「ひめおたんじょうびおめでとう」!
三線演奏あり、歌ありの、楽しい会でした。
感謝です。

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翌日は、少しゆっくりのスタートで、
11時に城南宮へ。こちらも紅葉、苔と池の庭がなかなか素晴らしく。

この日は山梨から仲間が相方に会いにくるためだけに
かけつけてくれました。すごい。

2日間、天候にもめぐまれ、
とても良い旅になりました。

さー、今年最後の旅は今月末の沖縄です!

金曜日は広島で幹部養成基礎講座

金曜日(29日)は、広島民医連の幹部養成基礎講座。
全7回講座の6回目でした。

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課題図書『ザ・コーチ』(谷口貴彦)の感想交流、
職場での実践交流とつづき、
ミニ講義「育ちあう職場づくりと役職者の役割」。

さらに
「新入職員に民医連を語る(つもりの)」プレゼンテーション、
最後にグループディスカッションという流れ。

盛りだくさんでしたが、
みなさん吸収よく、議論もしっかりできていた様子。
次回が最終回です。

民医連の東海北陸地協・看護後継者育成研修会で講演

きのう(28日)は、三重県の津市に。
民医連の東海北陸地協・看護後継者育成研修会での講演でした。
テーマは「看護への愛と、関係性の質~ともに考え・学びあう」

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国宝のお寺(高田本山)の会館が会場でした。
ときどきお寺の鐘が鳴っていました(笑)。

ナイチンゲールの話から入り、
相方の話、理念や価値観を持っていることの強み、までで前半終了。
後半は伝える側の情熱、育ちあう環境・土壌をどうつくるか、
学生や新人をひとくくりに見ないこと、関係性の質、集団づくり、などなど。

教育や育成の課題は悩みがあって当然。
だから集団で議論すること、
忙しいからこそ意識的に考える時間をつくる、
書くこと、なども。

グループディスカッションから発表までいさせていただき、
さまざまな感想にふむふむとなりました。
それぞれの苦労や悩みがかいまみられました。
1泊2日の研修で夜は懇親会、明日は実践交流という流れだそう。
本もまずまず売れました! ありがとうございました!
しっかし、きのうは寒かったです!


レジュメの後半をご紹介します。


三。教える・伝えあうということ
 
1。どんな組織でも、人間の集まりである以上、「教育」という営みがある。
  ◇教える、育ちあう、学びあう、高まりあう・・・
   *それなしには職場や組織は生き生きしないし、理念や目標の
    達成はおぼつかない。でも教育それ自体が目的にはならない。
    誰しも「教育者」「育成者」としてのトレーニングを受けて
    いない。すぐに効果もでない。「働きかけながらも待つ」が
    教育の基本姿勢。
  ◇民医連看護の魅力とは? 何をあなたは伝えたいか? 自分の言葉を持つ。
   *民医連の社会的役割と、個々人の価値観が一致するとき、
    響きあいが生まれる。
   *「民医連」「わが職場」にある“宝物”は何か
  ◇知って理解してもらうと同時に、「感情をゆさぶる」ような
   学びや体験を。

 2。育つ主体と環境について―ピカピカ光る「人」と「体験」を
  ◇種を植えれば芽が出、やがて成長する。これは必然であり、
   主体内部の力。
  ◇しかし、適切な土壌や水分、環境を整えなければ、
   枯れてしまうリスクも。
   *育つ主体は相手。内的な力。看護師は看護師として育つ力がある。
   *あわせて外的要因も大事。「きっかけ」「心動かされる事例」
    「スイッチが入る機会」を。
   *「餌まき」―いろいろな種類の「餌」を用意しておいて、
    食いつくのを待つ。その人その人で、どれにひっかかるのかは
    予想不能。「やる気になるスイッチ」は多様。
  ◇育ちあう環境でもっとも大事なのは、関係性の質。
   良質なコミュニケーション。
   *意識的な対話活動―基本は1対1の対話。聴くこと中心に。
    自分の話をじっくりと聴いてくれる人には、相手の話も
    聴こうという姿勢になる。信頼関係の基礎。
   *何を言ってもいい。自分を出せる。そうした安全安心の場を
    重ねていく。若い世代は意見表明や議論のトレーニング機会
    が希薄。1歩1歩経験をつみあげる。関係性がよくなると、
    自己を否定される恐れがなくなるので、様々な異なる意見が
    提示される。議論が生まれる。
  ◇育てる人以上に、自分が自分の成長に貪欲か。熱をもつ。
   *『学習する組織-現場に変化のタネをまく』
            (高間邦男、光文社新書、2005年)
   *著者の高間氏が、NTT東日本の法人営業本部の役員に、
    インタビューしたときのこと。「戦略は何ですか」と聞いたら、
   「学習機会をつくる」というのが答えの一つとして返ってた。
   「学習機会とは何ですか」とふたたび聞いたところ、その役員は、
   「それはピカピカ光る背中を持つ人間の周りをウロウロできる
   ことですよ。しかし問題は、ピカピカ光る背中を持つ人間が法人
   営業に20人しかいないことかな」と言ったそうです。
   著者はその答えに驚かされて、また納得し、こう書いています。
   「人は自分の接する社会、つまり周囲の人や本、インターネット、
   様々な経験などから主体的に学習する。その中でも他者との相互
   作用から一番多くを学ぶと私は思う」「問題は、ピカピカ光る
   背中を持つ人間に運がよくないとめぐり合えないことである」
   *つまりどんな人と一緒に働いているか、出会うか、活動できるか

  ◇教えるということは、つまり学ぶこと。教えるほうも不完全。
   模索、工夫し続ける。
  ◇自ら模索や葛藤を抱えながらも、ともに学び体験しようとする情熱を。

 3。対象(自分、他者、職場、社会、政治など)の変化をとらえるための心得
  ◇変化にも法則性がある(弁証法)
   ①量的変化と質的変化。コツコツとした、目立たない変化の積み
    重ねによって、目に見える質的変化が準備される。地道に。
    継続。繰り返し。目的意識的に量を準備する。
   ②肯定をふくんだ否定。否定を通じてものごとは発展していく。
    ダメだし必要。ただし、ご破算型・全面否定でなく。理解しつつ、
    ダメだし。伸ばすために評価する。うねうねとした変化を
    受容する力、見極める力。良し悪しあわせ持ちながら変化。
   ③矛盾が発展の原動力。ひとつの物事のなかに、相対立する傾向や
    要素がぶつかりあっている。たたかっている。それを矛盾という。
    ぶつかりあいのなかで、ものごとは動いていく。相反することが
    併存するのが現実。
   *「矛盾」をもつ
    ―「こうありたい自分」と「いまの自分」とのぶつかりあい
   *「めあて」になる事柄、「めあて」になる人をつくる。
    自己成長の目標と計画をもつ。

 4。「今の若い人は○○だ」「今年の学生は○○だ」は、呪いの言葉
   (思考の固定・制限)
  ◇人への評価は「個人」が基本。括って人を語ることには注意が必要。
  ◇育ってきた環境がそれぞれ違う。文化も個別化。
   *結局、1人ひとりと語りあうしかない。
   *学生さんの多様な生活背景、発達過程、背負っているものは
    それぞれ。表面上は見えないことがたくさんある。価値観もそれぞれ。
   *もちろん一般的傾向というのはある。育ってきた時代の特性
    (経済・政治・社会・思想・文化)。教育環境。親世代の特徴など。
    でも人はそれぞれ違う。そして若い世代ほど、1人ひとりの差異が
    大きくなっている。対話する。見方よりもアクションが大事。
  ◇相手を「ともに学びあい高まりあう仲間」ととらえ、その「発達の
   土壌」を耕そう
   *発達の土壌をつくれているか。土壌を耕す仲間を広げているか。
    必要な肥料を準備できているか。

 5。1人ひとりをみると同時に、集団の力を活かす
                 ―高まりあいの場と関係性を

    「これは、教育集団における学力というものを考えたことの
    ある教師には、実践的にまことに自明なことなのであるが、
    子どもにやる気をおこさせるものは、なかまや集団の教育力
    にまさるものはない。また、ある教師の個人的教育力が実に
    大きくみえるばあいにも、その行使のしかたの実際をしさい
    にみると、集団を媒介にして、個々の相互教育力を連動させ、
    その波動を集団的に相乗させているばあいが少なくない。
    学級集団内部においても、異質な個人的能力のかかわりあい
    と、その集団内部の社会的承認と評価が、まさに個人の可能
    性に自信と意欲と展望を与えるという点が大きい。じっさい、
    学習意欲にしろ、行動意欲にしろ、その子を内側から持続的
    に励ますものは徹底した民主主義的人間関係に裏うちされた
    なかまうちの期待と相互評価であり、こうして発揮される
    個人の可能性の伸びは、集団の発達可能性へと連動していく
    のが真相であろう」
       (志摩陽伍『生活綴方と教育』青木書店、1984年)

  ◇他者や集団へのアプローチを通じて、「わたし」も変化する。
   *自分自身も学び、伸びていくことで、楽しさや喜びを得られる。
    人は他者なしに新しい自分をつくれない。
  ◇ともに「~しあう」関係性を。

さいごに:後継者育成の実践を技術化していく。言語化・体系化。
     誰もが実践できるものに。

地震にジャマされつつの憲法講義

きのう(26日)午後は、
林精神医学研究所(林病院、ひだまりの里病院)の
中堅職員研修で日本国憲法の講義。

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いつものように、
「憲法ってなんですか?」の質問から。
途中(15時過ぎ)「ガタガタッ」て揺れました。
地震があるとみなさん心理的に不安になるので、直後に休憩。
たいしたことなくて良かったです。

以下、レジュメです。

一。憲法のそもそも
 
1。憲法とはそもそもなんでしょうか。

 2。人権とはなんでしょうか。

 3。立ちどまり、問う力―私自身の経験から

    「入院して病室で過ごしている患者さんは、普段はどんな
    風に生活しているんだろう、どんな家で、どんな人たちと
    どんな町や村で生活されているんだろう・・・、あまりにも
    ぼくら医療者はそれを知らない。例えがよくないが、患者
    さんをスーパーの切り身の魚のように思って済ましている
    ところがある。ほんとは1匹の魚で、それぞれに泳いでい
    た自然の海や川があったはず」
          (徳永進『野の道往診』NHK出版、2005年)

  ◇理念の存在意義を考える―慣れる力。慣れない力。
   *「慣れる」という力は大事。でも、慣れていいことと、
    慣れてはいけないこと(立ちどまるべきこと)があると
    思う。しかし、問いをもち議論することは、エネルギー
    が必要。流すほうがラク。日々の仕事や生活にゆとりが
    ない場合や、めんどうくさい摩擦・対立を避けようと、
    慣れてはいけないことにも、慣れてしまう可能性がある。
   *その結果、どこまで現実に流され、踏みとどまるべき
    「立ち位置」から乖離してしまう。ふんばることをあきらめる。

  ◇「理念」「価値観」がある意味
   *理念や価値観は、現実の「ありよう」を照らすひとつの
    鏡(ものさし)になる。

   ■現実との緊張関係。なにが障害物か。問い続けること。
   それが前向きな葛藤やエネルギーを生み出す。仲間と議論し
   共有する。集団としてアプローチできるのが強み。

 4。日本国憲法が生まれた歴史的背景
  ◇日本の近現代史。戦争し続けた国から、戦争できない国へ。
  ◇1931年~1945年のアジア太平洋戦争。巨大な人権侵害。
   *たくさんの悲しみを背負って憲法は誕生した。

二。人権感覚をみがく
 
1。人権感覚は、つねに磨き続ける努力がないと脆い。さびついていく。
  ◇人権侵害が「常態化された」場所は、それが強固な常識や文化に
   なっている場合が多い。
   *権利侵害があまりに一般化していると、それを権利侵害と
    認識することが難しくなる。
   *「人間らしさ」の「質」「あり方」を議論する。「健康で
    文化的な生活」「人間の尊厳とは」をつねに問い続ける。
    訓練や環境が必要。
   *みずからの人権感覚を研ぎ澄ませる(生活や人生を大事にし、
    人間らしさを問う)ことと、患者や利用者の人権を尊重する
    こととは、同じ地平にある。補強・補完関係。
  ◇言語化でき、ニーズ化(要求化)していくために
   *おかしい、違和感、モヤモヤ、不満・・・
   *その「おかしいこと」を「人権問題・人権侵害」と認識
    できる力(知識)
   *不足しているものへの自覚、あるべき状態を「構想」しニーズ化。
    アクションへ。

    「自己定義によって、自分の問題が何かを見きわめ、自分の
    ニーズをはっきり自覚することによって、人は当事者になる。
    したがって当事者になる、というのは、エンパワーメントで
    ある」(中西正司・上野千鶴子『当事者主権』岩波新書、2003年)

 2。目の前の事象だけに対応していても、人権は守れない
   ―認識深化への努力を
  *イチロー・カワチさんの例え。川の下流だけでなく上流も。
  *上流への認識。社会や政治に強くなる。

    「医師として私たちは病人を治療するように訓練されている。
    当然だ。しかし、行動と健康が人々の社会的条件に結びつい
    ているならば、社会的条件を改善するのは誰の仕事であるべ
    きかと私は自問した。医師が、少なくともこの私が関与すべ
    きではないのか? 私は人々の健康の改善を手伝いたいと思う
    からこそ医師になった。人々が病気になったときに治療だけ
    することがせいぜい一時しのぎでしかないとしたら、医師は
    人々を病気にしている条件の改善に関わるべきだ」
    (マイケル・マーモット『健康格差』日本評論社、2017年)

  *民医連綱領より。「私たちは、(略)・・・生活と労働から疾病を
   とらえ、いのちや健康にかかわるその時代の社会問題に取り組ん
   できました。また、共同組織と共に生活向上と社会保障の拡充、
   平和と民主主義の実現のために運動してきました」

 3。人権と平和について―障害者と戦争体制

   「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることの
       できない権利とを承認することは、世界における自由、正義及
   び平和の基礎であるので、人権の無視及び軽侮が、人類の良心
   を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受
   けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高
   の願望として宣言された」(世界人権宣言・前文)

なんか余裕があるぞ。次の準備準備。

労働学校が先週おわって、仕事はかなり落ち着いてきました。
なんか余裕があります(笑)。しあわせだ。

といっても、12月のリーダー研修講座や
1月からの核ZERO講座も成功させなければならないので、
いまからできることをコツコツと積み上げていかねばです。

リーダー研修講座、募集はおそらく20数名ぐらいには
なると思いますが、中身の準備が問題。
なにせ、やったことがありません。イチから考える作業。
経験をつんで、早くパッケージ化したいです。でも3年はかかるかな。

美観地区からのディズニー・オン・クラシック

きのう(24日)は、相方と相方一族、
さらに青森の旅仲間もきて倉敷に。

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雨が降らずによかった。
パスタランチいただき、美観地区ぶらぶら。

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で、16時から、
初のディズニー・オン・クラシックの観賞。

前半は知らない曲ばかりでしたが、
後半はアラジンの全曲がアニメーションとともに。
エンターテイメントでしたなあ。

うちに来ている訪問看護さんに出会ったり、
早島の知り合い家族と出会ったり。
よい1日でした。

高知にて8時間労働の意義を語る

土曜日(23日)は、2019高知県はたらく女性の交流集会へ。
「だれもが8時間働いて普通に暮らせるように~私たちの働き方を考えよう」
をテーマに講演。50名ほどの参加でした。

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私の話の前に、高知県在住のピアニスト&音楽療法士の方の
生演奏があり、心洗われた時間に。

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知事選挙投票日の前日ということもあり、
例年より早めに切り上げ。松本けんじさん残念でしたが(涙)。

みなさん熱心に聞いていただき、感謝です。
とんぼ返りで岡山に戻りました。

「キラキラした皆さんと一緒に学びができて良かった」

昨夜(21日)は、
93期岡山労働学校「ものの見方・考え方教室」の
最終回(第8講義)でした。25名参加。

今期は参加者数の面でも大きく前進しました。
近年の岡山労働学校の講義平均参加者数は、
92期が13.4人、91期11.8人、90期16.7人、89期18.7人、88期17.3人。
今期(93期)は全8回の平均が23.0人でした。

量は質を規定します。募集での目標達成が、
成功の条件を決定づけたと思います。

労働学校の最終回はいつも心ふるえたり、
あったかい気持ちになるものですが、
今期は特に感動的でした。

きのうは講義前のワンポイント講座で看護師のKさんが
自分のセルフ話をしてくれて、ぐっと雰囲気がひきしまった
というか、あったかい雰囲気に。
すでに素敵な時間になる予兆がありました。

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私の講義はいつもより短い40分にして、
最後に修了証書の授与と、ひと言感想発表の時間でした。
そのひと言スピーチが、みなさんの言葉が本当に響きあっていたなーと。
労働学校の場の力と、参加者の個性の相乗効果。
素晴らしい参加者に恵まれ、こんな時間を共有できて、しあわせです。

参加されたすべてのみなさんに、感謝です。


講義は「人間の時間について」がテーマでした。

以下、講義と労働学校全体への感想が入り乱れていますが、
感想文をすべてご紹介します。

■自分が仕事についてと同時に考えていた時間に
ついてのことがふり返れてよかった。やっぱり、
自分の人生には余暇がとっても重要だということが
身に沁みて分かった。Freedom!

■時間の使い方、休みの使い方、時短闘争という
考え方、まだまだ、これから自分のものにして
いったり、周りに広げていったりして、日本中が
豊かになっていく一歩にしていくため、まず、
次回も誰かを誘って参加してみようと思いました。

■時間の存在を考えていく中で、自分の時間とは
何だろうかと考えていました。今過ぎている時間は
はたして誰のための時間なのか、1人称? 2人称?
3人称? と色々考えていました。けども、最終的に
すべてが自分の時間であり、その時間にどんな意味
付けをしていけるのかが大切であると思いました。
今を生きていく中で時間の過去と未来の意味を
これから考えていけたら良いなと思いました。

■初めて労働学校に参加させていただいて、みなさん
と共に学習できたこと、価値共有できたことが、
とてもうれしく素敵な時間を過ごすことができま
した。ありがとうございました。94期も参加させて
ください。

■とてもよい時間を過ごせました。自分の中身を
肥やせました。学ぶことは楽しい!

■今回労働学校に参加し、様々な方々と様々な分野の
話をすることができ勉強になりました。長久先生の
話がいつも分かりやすく、自分の考えていたことが
すぐに言葉になり日常での視野が広がりました。
貴重な経験をさせていただきありがとうございました。

■自分は時間の使い方がヘタクソですが、今日の講義
を聞いてもっと時間を有効に使って後悔しないように
生きたいと思います。労働学校の時間は自分にとって
とても有意義な時間でした!!

■時間は自分のものであるし、人のものでもある。
お互いに一方的に浪費させるものでもない。尊重
しないといけないものでもあるなーって。

■いろんな年代、職業の方と様々な話ができて、とても
楽しかったです。ここで学んだことを時々思い出し
ながら、仕事、プライベートを充実させていきたいと
思いました。

■学ぶこと、それを自分の人生に取り込んでいくこと、
それがなければ自分も社会も他人も変わらないと思い
ます。死ぬ時に「よくがんばったな・・・」と思える
人生を送り、自分が生きた世界を次の世代へ。先人達
がそうだったように。

■“私が私であるために”。一生の時間を自分自身がどう
使っていくのか、そのために何が必要なのか、じっくり
考えさせられました。学ぶことをつづけていきたいです。
ありがとうございました。

■自分のための時間も、自分の大切な人や社会のために
使う時間も、それぞれバランスを取りながら自分に
とって使いがいのある時間にしていければと思えました。
半分ほどしか出られませんでしたが、とても楽しかった
です。

■人権として余暇という考え方はあまりなかった。でも、
自分を豊かにするために必要だと思う。山口へ旅に行くぞ!

■時間の人称の考え方がとってもおもしろかった。誰かor
社会のために使う時間を、誰もが意識すれば、ステキな
世の中になるんだろうなあ。

■「すべての人間に平等にあることは、いつか必ず死を
迎えることである」という言葉を思い出しました。もの
すごくスピリチュアルな感覚になりながら、誠に現実的
なことで、たまに思い返します。今日の話をききながら、
寿命は限られていると思うとちょっと切なくも、大切な
ことだなと思います。今、生きている自分もあなたも
大切にしたい。そんな気持ちでいっぱいになりました。
今日もありがとう。そんな思いでいっぱい。私は昔、
本当にこの世からいなくなりたいと思っていた時期が
ありました。でも、今生きているし仲間もいるし・・・
あの時、ふみとどまったのは、今この時間にきっと価値
があるからだと思っています。9回、お世話になりました。

■自分の時間を大切にしたいと思いつつ、仕事も好きで
気がつけば仕事漬けの毎日になっています。限られた
時間をこれからどうやって使っていくか、もっともっと
考えたり、感じていきたいなと思いました。93期も
楽しく学べました。ありがとうございました。

■今日は講義最後の日・・・。労働学校は「そうか!」
「そうだったんだ!」という新しい視点を得るだけで
なくて、正解をもらうだけでなく、自分で考え続ける
ところが強みだと思います。キラキラした皆さんと
一緒に学びができて良かったです。

■単発の参加でしたが、みなさんと勉強できて、良かった
です。ありがとうございました。

■「自分の時間をどうするかは自分できめなくてはなら
ない・・・だから時間をぬすまれないように守ることだって
自分でやらなくてはいけない」。とても心にしみました。
それと、「他者のための時間も、自分の時間になる。
人間のすばらしさ」。これからも人のために働く専従と
してがんばりたいと思います。次回もよろしくお願い
します。

■ものの見方・考え方を学びたくて受講しました。受講
する前と後では、2か月の時間が経過したのと同時に、
自分の日々物事に対しての見方・考え方も確かに変わった
と実感できています。お疲れ様でした。

■社会人にとって学ぶ場は貴重なものであり、今回の
労働学校の内容は、日々の生活に根ざしたものだった
ので、今後の活動や生活に良い影響をあたえてくれると
思います。

■93期の講義を受けて、ものの見方・考え方が少しは
変わってきたかなぁ。普段では聞かない講義、おもしろ
かったです。ありがとうございました。

■あっという間に9回の講義が終わってしまいました。
毎回ほんとうに楽しくて元気が出て、充実の日々でした。
たくさんの仲間とつながることができて、人生の財産を
得たと思っています! 94期も参加したいです。それ
までは、93期の資料を何回も読み返して学びを深め
たいです。94期も新しい仲間と大勢で参加できたら
いいなと思います。みなさん、またお会いしましょう!

「人間の時間について」レジュメ

昨夜(21日)の93期岡山労働学校第8講義、
「人間の時間について」のレジュメです。


一。人間にとっての時間とは
 
1。人間にとっての時間の意味
  ◇時間のなかで生きている。時間を認識できる。意識して生活する。
   *暦を作り出してきた人類。太陽や月と環境の周期性を認識することで。
   *時計の発達。個人が時計を持つようになるのは近代社会以後。

    「われわれにとって時間とは、なにより時計が刻むものとして
    イメージされ実感されている。しかしこのようなありかたは、
    じつはそれほど歴史をさかのぼれるわけではない」
       (福井憲彦『時間と習俗の社会史』新曜社、1986年)

    「人はそれぞれの時代と社会のなかで、時間の処理のしかたや
    時間についての意識において、それぞれ固有の枠組みを形成し
    ている・・・。さらに角度をかえれば、時間の組織だてを支配す
    るものは、人びとの時間意識や社会生活を、かなり左右しうる
    ということでもある」(同上)

  ◇手持ち時間(寿命)は限られている。他者との時間も有限。
   *死を認識できるのが人間。自分が生きていることを知りながら
    生きている。
   *そこから、どう生きるかが、問題になってくる。それは、
    どう時間を使うのかと重なる。

  ◇過去(歴史)から学べるのが人間。現在の生き方によって過去や
   未来の意味は変わる。

    「人間にとって、いったん生きられたその過去というものの
    意味は、もう決まってしまってどうしようもない、というも
    のではなくて、それは現在の生き方いかんによって、その意
    味を変えられることができるということです。人間にとって
    過去と未来は、現在によってその意味をえてくるのだからです」
       (真下信一『時代に生きる思想』、新日本新書、1971年)

  ◇時間主権―自分の手持ち時間を、自分の使いたいように使えること

    「『豊かに生きる』には、いろいろな意味づけ、内容がある
    だろう。私は、『豊かさ』を決めるカギの一つは、『時間を
    使う』か『時間に使われるか』にあると思っている。…どう
    やったら時間をアゴで使えるようになれるかをいつも考えつ
    づけている」
    (中沢正夫『「死」の育て方』情報センター出版局、1991年)

   *自由に選べる(使える)時間の確保。ゆとり。

 2。労働者という時間と、生活者という時間。

  ◇労働時間の長さの幅について
   *社会を成り立たせている活動であるため、平均労働時間をゼロ
    にはできない。
   *労働時間は、歴史的に変遷を繰り返してきた。
   *資本主義社会では「資本の時間」が人々を支配するようになる。
    長時間労働の蔓延や効率重視の過密時間。24時間型社会。
   *自分の時間を使用者(資本家)に売るのが、雇われて働く
    “労働者”。資本の時間に組み込まれる。労働時間の長さを
    決めるのは力関係。8時間労働制はたたかいの成果。
   *仕事の時間も、「人間らしい時間」にするためには、労働運動
    が不可欠。
  ◇休日・休暇(職場に行かなくてもいい日)
   *疲労回復の意味が大きかった20世紀以前。仕事のための休日。
   *余暇時間の価値の認識が発展。有給休暇制度の獲得。
    20世紀の100年で大きく前進。

    「現代労働の質的変化を抜きにしては年休権の拡大は考え
    ることができない。長期間にわたって、労働からは断絶し
    た私的生活を確立する。そのことによってストレスから解
    放され、心も身体もリフレッシュさせる。それこそが、
    バカンスであり、長期間の年休である」
             (藤本正『時短革命』花伝社、1993年)

    「年休を満足に取らないこと、それは、自らの生命と健康
    を、切り刻み、家庭の平穏を捨てていることになる。年休
    は、疲労回復のためにだけあるのではない。労働という名
    の、他者からの支配・従属から離脱して、自分の時間として、
    自分の生活をエンジョイするためにある」(同上)

   *ILO(世界労働機関)の年休条約(1970年)
    →年間3労働週(うち2労働週は分割してはならない)。
     日本は未批准。
   *連続休暇を取る訓練をしよう。職場の「余暇文化」を変え
    るのは①労働組合による休暇獲得のたたかい、②1人ひと
    りの余暇実践、③余暇という価値への国民的共通理解。

二。人権としての“余暇”を考える
 
1。余暇の意味の再確認―「豊かさ」のとらえ方の発展。人権として。
  ◇働くこと(有償&無償労働)から離れた時間
   *何にもない、何でもない空白の時間。効率が求められない時間。
   *「労働の後に入手する余暇という考え方ではなく、余暇は独自
    な存在意義がある」(瀬沼克彰・薗田碩哉編/日本余暇学会監修
               『余暇学を学ぶ人のために』世界思想社)
   *自然のなかで生きる。受けとめる時間。余暇は「新しいつな
    がり」を紡ぐ時間。仕事上の人間関係とはちがう関係性。
    お金やモノ、効率が介在しない関係性。
   *文化。学問や芸術を生み出す時間。または享受する時間。
   *スポーツ、映画、娯楽。
   *社会参画の土台
    ―社会運動・労働運動・ボランティアなども余暇時間が必要
  ◇余暇の種類―平日余暇、週末余暇、長期余暇、退職後余暇
  ◇定年も自分で決める―生活は年金で保障せよ
   *年金や社会保障制度が脆弱な国では、「働き続けること」を
    強制されやすい。それは、自分の人生の時間の剥奪。
    年金支給開始年齢を70歳に? 時間泥棒から時間を守ろう。
  ◇私が私でいられるための自由や権利=人権。余暇は人権。
   人権は勝ち取るもの。
   *労働時間短縮のたたかいを労働組合で
    (歴史的にも、労働運動の中心は時短闘争)
   *「人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんできめなく
    てはならない・・・。だから時間をぬすまれないように守る
    ことだって、じぶんでやらなくてはいけない」
         (ミヒャエル・エンデ『モモ』岩波少年文庫)

 2。労働組合の活動、社会運動・政治運動の活動時間について
  ◇基本的には自分の時間を使う。活動時間が増えれば自分の時間が減る。
   *貴重な自分の時間との天秤にかけられる宿命
  ◇でもそれは、「犠牲の時間」ではない。主体性と当事者意識がカギ。
   *他者から強制される時間と、自分で選び取った時間は、時間の
    意味あいが変わってくる。
   *自分の大切なものを守るために、自分の大切なものを使う活動。
   *その人の生き方・価値観と、活動の目的が合致したとき、
    活動時間も「自分の時間」に。
   *活動への納得と共感、当事者性をもてるように学びを保障。
    あわせて、「また来たい」「楽しい」「自分がだせる」
    「成長できた」「元気になる」「つながりが増えた」も
    たっぷり味わう活動にしたい。時間の「使いがい」があったと
    感じる活動に。
  ◇他者のための時間も、自分の時間になる。人間のすばらしさ。

    「寿命というわたしにあたえられた時間を、自分のためだけ
    につかうのではなく、すこしでもほかの人のためにつかう
    人間になれるようにと、私は努力しています。なぜなら、
    ほかの人のために時間をつかえたとき、時間はいちばん生き
    てくるからです。時間のつかいばえがあったといえるからです」
     (日野原重明『十歳のきみへー九十五歳のわたしから』
                   冨山房インターナショナル)

さいごに:人間にしかできない時間の使い方
     *意識的に集まることによって時間を共有する。
      集まることによって多くのものを生み出すことができる。
     *労働学校もそうです。集まっているからこそ、おもしろい場になる。

あっという間に最終回。93期労働学校。

今日は、93期岡山労働学校の最終講義。
あっという間でした。

今期は募集が成功したので、
受講生どうしが刺激しあって成長できる土壌が
準備できました。やっぱりこれが一番です。

どんなにいい講義内容を準備しても、
参加者が少ないと、成果も限定的です。
毎回20数名の参加があり、連続して毎週集まるという
労働学校の形式であれば、交流も学びも深まるのは必然。
ほんと、みな仲良くなって、前向きな変化が生まれました。
楽しそうでした。

来年5月開校の94期は、50名目標で取り組みます。
もうチラシもできてますし。着々と準備をしていきます。

まずは今夜の最終回を、しっかり成功させます。

「灯火の言葉を使えるようになりたい」

昨夜(19日)は、倉敷医療生協労組の有志学習会。
前回と同じ顔ぶれの3人で(全員女性)。

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テーマは「人間の言葉について~呪いの言葉と、灯火の言葉」。
学習会終了後、紹介した本2冊を
「貸してください」という人もいて積極的な受けとめでうれし。
以下感想文。

■灯火の言葉を使えるようになりたい。呪いの言葉に、
すでに慣らされていることに気づいた。しっかり本を
読んで語彙力を身につけたい。自ら発信していくこと
が大切だとわかった。

■考える力は、どのような言葉を持っているかに比例
するという言葉になるほどと思いました。ボキャブラ
リーが少ないと考える力も、豊かにならないから、
いろいろ本とかを読んで、力をつけたいと思いました。
支配する側の言葉に汚染されないように、きちんと
自分で言葉を考えたいと思った。

■「(政治家の)失言を許容し、それが定着していく
ことが恐ろしい」という永田さんの言葉にとても納得
してしまった。今までなんとも思っていなかったが、
呪いの言葉にあげられている言葉は本当に普通に使わ
れている言葉だと思う。すでに自分は呪われてきてい
るので、今回こういった視点を養うことができてよか
った。普段の生活から意識的に灯火の言葉を使ってい
こうと思う。

リーダー研修講座のお知らせ

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【再度のお知らせ】

12月15日(日)に、岡山県学習協の主催で
「変革のための・リーダー研修講座」を開催します(チラシを参照ください)。
9:30~17:00の丸1日の研修講座です。

■当初の予定では会場が勤労者福祉センターでしたが、
岡山県立図書館サークル活動室に変更しました。ご注意ください。

■申込みはまだ空きがある状況です。あまり多くなると
募集を打ち切りますので、お早めに申込みいただければと思います。

■開催目的と内容
 私たちの運動は、活動を前にすすめるためのトレーニング
機会が少ないのが現状ではないでしょうか。そもそも運動や
組織の力を高めるとはどういうことか、リーダーの役割や
目標設定の方法など、大事な活動技術を学びあう機会にし
たいと思います。
①「運動・組織と“関係の質”~リーダーの役割」
②「目標の達人になる~目的・ビジョン・ゴール・目標」
③「リーダーと学習~成長への原動力」

*主催&お問い合わせ先:岡山県労働者学習協会
TEL&FAX 086-232-3738
≪申込みはメールかFAXでお願いします。申込みがなければ参加できません≫