長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

運動技術のテキスト化は必須だと思います。

午後、とある団体専従のわかものと喫茶店で1時間ほど話。
最近の問題意識、活動上の悩みなど交流。

「組織の構成員1人ひとりがどうエンパワーメント
(力をつける)されるのか」についても。

カギは集まりの場の質であり、
会議や集会、学習会の持ち方と話。

こういう運動論のテキスト誰かつくってほしい。
まじで。

技術化(一般化)できれば、誰でも訓練方法がわかり、
習得の時間もぐっと短縮できます。


参考までにメモしときます。10年前に読んだ本より。

「技術は知識の形によって個人から個人へと伝えられる
もので、しかもその経験法則を一般化しつつしだいに
高められていくものである。模倣が原理の徒弟式訓練は
無意識的であるために長期間を要し、一方、科学的なう
らづけをもった理論による教育は、短時日ですぐれた効
果を発揮するのである。では、技能は技術よりも低い
レベルかというと、そういう関係ではない。技能は技術
化され、新しい技術には新しい技能が要求され、絶えず
これをくり返しながら技術は発達していくのである」
    (川島みどり『ともに考える看護論』1973年)


加えて、『人間として看護婦として』(及川和男・盛岡
看護学セミナー共著、あゆみ出版、1978年)からも。

「看護の技術化という命題は、これまでの経験やコツに
たよっていた看護を、そのなかから法則性をひきだすこ
とによって個人的技能から全体化し、集団としての看護
のレベルアップにつなげていけるもの」

「個々の具体的特殊的な看護実践の体験を普遍化し、導
きだした法則性をその後の実践に意識的に適用し、そう
することによって看護技術を伝えあい、全体的に水準を
向上させていくという方法意識

「看護の技術化ということは、セミナーの当初より中心
的に考えてきたことです。よい看護というものは、1人
や2人がすぐれた看護をしてもだめなんですね。チーム
全体がいかに高まるか、ということが重要なんです。で
すから、セミナーの事例検討会でも、たとえよい看護の
事例が報告されても、参加者の意見があまり出ない時は
ほんとうに成功したとは言えません。よく討論をし、み
んながしっかりとつかんで、それぞれの職場に持ちかえ
って実践し定着させていかなければだめなわけです。そ
のためには、きちんと技術化するという点が大事なんで
す」



労働組合の「運動・活動技術」なんかも、
テキスト化が必須だと思います。

会議の持ち方、方針のつくり方、団体交渉の仕方、
人と人をつなげる技術、人を動かすスピーチ方法、
学習会の持ち方・・・などなど。

誰も労働組合活動の訓練なんて、受けてませんから。
右も左もわからずに役員や専従になっている人が
どれだけいるでしょうか。

「みて覚えて」「経験していくなかで習得」する
ことも必要ですが、技術化されたテキストがあれば、
習得スピードも早くなり、
新しい技術化へのサイクルも生まれます。

今は、まったくこの運動技術の継承どころか、
技術の後退局面にあるような気がします。