長久啓太の「勉客商売」

岡山県労働者学習協会の活動と長久の私的記録。 (twitterとfacebookもやってます)

自分の手にメッセージ

火曜日(8日)の午後は、
ソワニエ看護専門学校での今年度3回目の授業。
先週の「人間の手について」の学びを受けて、
この日は「自分の手にメッセージを書いて発表してみよう」という内容。
毎年やっていますが、この回はいつも好評です。

これまで自分の手をどう使ってきたか、さまざまなエピソードや、
これから自分の手をどう使っていきたいのかという未来の話まで、
各人各様、文体も中身もバラエティに富んでいて面白い。
自分の手を語ることは、自分自身を語ること。
クラスメイトの知らなかった顔や経験が知れて、
学生さんは興味深くほかの人の発表を聞き、学びになるのです。

以下、感想文の一部を紹介します。

■手の話を聞くだけでたくさんの人の人生が分かった。

■人それぞれ、手に対してのエピソードがあり、今まで手に対しての考え方が少し変わりました。手は人の人生を表すものだと思った。

■みんな手のことすごく考えていることが伝わった。みんなのメッセージを聞いて手は誰かを助けたり誰かをいやしたりしているんだなと思った。みんな手に特別な思い出があるから私もすごくうれしくなった。

■いろいろな人の“手”についての思い出が聞けて良かったと思う。人の話を聞いてみて、多くの人が“手”がある日常があたり前で感謝したことがないんだなーと思った。“あたり前”があることに感謝しようと思った。

■一人一人、手に対する思いや感じていることは様々でとても勉強になった。一般の人よりも手で感じることは多くあると思うので、患者さんに与えることも多いと思うので、皆の考えを取り入れて勉強に生かしていこうと思った。

■みんなの前で発表するのはとても緊張しました。みんないろんな表現をしていましたが、『嫌い』であっても愛情を感じました。手にできた傷は頑張ったり、何かをしようとしたり、生きるために使ってできた傷だと思います。生きた証が手によく表れるのであれば、しわや傷もいとおしく思いました。貴重な時間、考えさせていただきありがとうございました。

■他者をケアしたい手がクラスにはいっぱいある!と思いました。さすが看護学校!!

■「わたしの手」というテーマで手紙を書いたのに、クラスのみんなの手紙を聞いていると、手への感情が様々で興味深かったです。手への感謝とともに、手に謝罪する人が多かったことも共感ができました。手へのエピソードを聞いていると、手の持ち主の話がたくさん聞けることも楽しかったです。「手」に人生があらわれるって本当なんだなあと思いました。

■こんなに恥ずかしく緊張したのは久しぶりでした。みんなの発表を聞いて、こんなことも!こんなことも!とたくさんの手の使い方があってほんとにたくさんの動作があると思いました。この授業で手について考えさせられました。手と向き合う良い機会だったと思います。

■本当に本当に手は大切なものなんだなということを改めて思いました。将来自分に子どもができた時にはこの手で守っていきたいと思いました。また、看護師になった時は、患者さんに寄りそえるようになりたいです。

■〇〇さんのエピソードと、そのときの心境を文学的に交えた手への手紙、〇〇くんの、手を普段から一緒にいる相方へ向けたエピソードのあえて無い手紙も素敵でした。十人十色の手の話をとても楽しく聞けた、すごくすてきな授業でした。

■みんな、今まで様々な人生を「私の手」と送っていて、どれも素晴らしいエピソードばかりでうらやましかったです。そういった感情がある反面、自分も悪くないなと思いました。第三者の視点で自分を見ることで今まで見えてこなかったアイデンティティを見つけることができた気がしました。

■他の人のわたしの手の手紙を聞いて、とても感動しました。自分にはない思い出や感情表現、文章の上手さ、みんなの手紙が聞けてよかったです。“笑いあり感動あり” 緊張したけど楽しい授業でした。

■みんなのエピソードや手紙をきいて、色々なことがあるなあ~と感じました。いろいろな考え方にとても勉強になりました。この授業がなければ、「手」に手紙を通して感謝の気持ちを伝えることもできなかったので、とても良い機会になりました。いろいろなことがあたり前でないということを再確認できました。この私の手は、幸せも感じ、辛さも感じ、淋しさも感じる本当に不思議な手だなあと感じています。“手”って素晴らしい!!!

■みなさんの話を聞いて、いろいろな人生があって、いろいろな用途での手の使い道があると考えさせられました。今後、このクラスにいる全員が看護師としての手になった時の、話が聞きたいです。