きょう(27日)の午前中は、ソワニエ看護専門学校の
5回目の授業でした。テーマは、「働くことの意味」。
おもに、社会的視点から、
働くことについて考えてみました。
以下、学生さんの感想です(一部)。
◆鉛筆の話を聞いて、昔国語の授業で習ったことを
思い出しました。自分の身の回りの物は、すべて多くの
人の手によってつくられていて、多くの苦労があります。
そういったことを考えながら生活をしていくと、物をすぐ
捨てるのではなく1つ1つ大切に扱っていこうと思いました。
社会が分業になったことにより、自分の好きな職業を
選べるようになり、私は看護師という職業を選びました。
看護師不足の今、私はこの学校でしっかり看護について
学び、社会に貢献していきたいです。
◆今、ソワニエで看護の勉強ができるのは、社会の
いろいろな人たちに支えられているからこそ勉強できて
いるのだと思った。本当は看護師になりたいと思っている
わけではないけど、これから社会を支えて、必要とされる
存在になるのだろうと思う。
◆自分は顔も名前も知らない誰かのおかげで生活できて
いるのだと思うと、とても不思議に思えた。みんな誰かの
役に立っている!!
◆吉野源三郎の言葉が心に残りました。自分を中心に
考えていると視野が狭くなり、どんどんまわりが見えなく
なる。自分にもあてはまるところがあると思うので、いろんな
角度から周りをみていきたいと思いました。
◆自分たちが普通に毎日使っている物は、ひとつも、原料
から作ったものがありません。それを考えたことがなかった
ので今日とてもビックリしました。たくさんの人におせわに
なっているなと思いました。物を大切にしようと思いました。
ものづくりがどれだけ大切か学びました。ものづくりをする
人がいるから、私たちは勉強にせんねんできているなと
思います。感謝しないといけないなと思いました。
◆今、ここで勉強できていることが本当に幸せなんだと
改めて実感した。自分が勉強できているのは支えてくれる
家族、奨学金を貸してくれる病院、その他いろいろな人や
社会に支えられているからであって、決して自分1人の力
ではない、いろいろな人や社会に感謝して学んでいき、
ゆくゆくは恩返ししていきたい。
◆普段、何気なく使っている、シャープペンも着ている服も、
住んでいる家も、誰かが作ってくれていて、私たちはそれを
買って使っています。一つのものを作るのにたくさんの人が
関わっていて、当たり前のように世間は物で溢れていますが、
それを作っている人がいる、それを仕事にしている人がいる
ということを忘れないでいたい。また、働くことは周りの人の
支えがあってはじめて働けるということは納得しました。
◆改めて考えてみれば、今日自分が身につけているものや
食べたもの、使ったものは、全部全部どこかの誰かが作って
くれたものなんだなと思いました。食べる、着る、寝る、座る・・・
生きること自体、何千、何万もの人の手がかかっているんだ
なと思いました。「あたりまえ化」しすぎて、「ありがたみ」など
考えることすらありませんでした。
◆今日の授業で紹介してくださった「エンピツ」のお話は、
実は、学校の国語で習って知っていました。当時も「たかが
エンピツ1本」にこれだけ様々な人が関わっているという
事にとてもびっくりしました。こうして考えると、「働く」という
ことには必ず意味があり、必ず誰かの生活を支えている
ことになります。また、人は1人では絶対に生きていけません。
どんな仕事でも、誰かの為になっていると思えば、誇りを
もって行うことができるのではないかと思います。
◆鉛筆1本買うことは簡単だ。しかし、鉛筆が店に並んでいる
のは、たくさんの人達が労働をしてくれたおかげで、私は
鉛筆を使うことができているのだと改めて知った。物を大切に
していきたいし、私は今、勉強に集中させてくれている社会に
感謝をして頑張って勉強をして、3年後、社会の役に立てる
ようになりたい。
◆自分の身のまわりにあるものは自分でつくったものは
1つもないというのは考えてみると不思議なことだなと思い
ました。いろいろな人の労働で支えられていると思いました。
◆看護学生になって1年目。聞いたこともないことを頭に
つめこめられて今が一番つらいときだと先生や親から聞いて
本当にそうだと思い、投げ出したい気持ちでいっぱいで
した。でも、全国の看護学生が同じように必死に勉強して
いる、がんばっているのだと思うと、自分も1人じゃない、
がんばれる! 看護師という仕事は本当にこの世界に
必要で責任感のある仕事なので、その看護師に向かって
勉強していることを誇りに思いたいです。