きのう(6日)の夜は、岡山市学童保育指導員労組の
学習会で講師のお役目。
14名が参加。組合員でない人も数名。
なんと20時からの学習会で、終わったのは22時前…
みなさん、たいへんおつかれさまでした。
指導員のみなさんの情熱に負けないよう、
こちらも気合いを入れて準備しました。言葉に魂込めました。
「人間らしく生き・働くことと労働組合」というテーマで
75分ほど私がしゃべり、あとは感想交流。
とても良い時間でした。感謝です。
以下、講義の概要です。
一。人間らしく生きるとは?
1。人間にだけ問われる「人間らしさ」=人間の歴史のおもしろさ
◇憲法は、人間らしく生きるために欠かせないもの
=基本的人権の目録を掲げた。
◇憲法13条「個人の尊重」「生命・自由・幸福追求」
*取り替え不可能。命はひとつ。人生は1回。
*無条件の「生」の肯定。無条件の「あなた」の肯定。
*お金のあるなしで「命の格差」「教育の格差」「尊厳の格差」が
あってはならない
*使い捨て労働の蔓延(ブラック企業問題)を許してはならない
*ひとりも見捨てない教育。ひとりも見捨てない保育。
*幸福とはなんだろう(幸福観)
・1人称の幸福、2人称の幸福、3人称の幸福
(時間の使い方でもある)
・休息時間と自由時間と労働時間(+家事労働)
◇憲法25条―健康と文化を考える
*肉体的・精神的・社会的にも。バラバラでなく、相互に関係。
*国際的な調査では、「孤独を感じる」という子どもの割合が
日本はダントツに高く、「ありのままの自分でいい」という
自己肯定感情も低いのが特徴…。
*先進国でとびぬけて長い労働時間
◇ゆとりが文化を育てる
*文化が決定的な役割を持っているのは人間だけ
*お金、自由な時間、人間関係
*貧困は文化を蝕む。戦争は文化を壊す。
2。人間らしく生きるためにこそ「労働組合」
―労働組合誕生の歴史(18世紀後半~)
◇世界でいちばん早く資本主義が発達したイギリス…
*道具から機械へ
(人間中心から機械中心へ…労働時間の延長。児童も女性も)
*労働者の状態は…
(長時間労働、低賃金、首切り自由、無権利、生存権なし)
◇個人的な抵抗、「痛み」の緩和策-生きるために
*盗み、暴動、機械うちこわし… 犯罪として罪に。失敗。
*パブでの共済活動(共通性理解のめばえ)
◇ストライキから労働組合へ
*ストライキ(いっせいに仕事を放棄する)の発明。経営者と対等に。
→労働者のたたかいの手段。「数の力」への認識。
→しかし、当初は一時的・単発的な「団結」だった
*さらに、恒常的に「数の力をひとつに」―労働組合の誕生へ
*パブで労働組合が生まれた?-その教訓とは
◇団結禁止!の弾圧をのりこえて
*イギリスでは1799年「団結禁止法」。日本でも1900年「治安警察法」。
3。労働組合の性格
◇労働者であるならば、誰でも入れる(大衆性)
-雇われ組、みんなカモーン。
*思想・信条、信仰、性別、年齢、国籍、雇用形態、
支持政党などで排除しない
*「数の力」を最大限発揮するため。学習と民主主義が不可欠。
◇たたかう組織(階級性)―わたしら、きちんと言うこと言うで!
*誰でも入れるけど、趣味やサークルの集まりとは違い、
「要求」をかかげて資本家(使用者)や自治体・政府と
「本気でたたかう」。
二。労働者である、ということ
1。「労働者である」という認識の大切さ=共通性理解の基礎
◇「はたらく人」=「労働者」ではありません。
◇お金の手に入れ方の違い
◇労働力を売り続けなければいきていけないのが労働者
(それしか売るものがない)
*労働力商品は、自分の生命活動と一体化。
だから、健康で適正に労働力を再生産できる「働き方」で
あることが不可欠。酷使や安売りNO。労働法がある理由。
*「労働力を再生産する」とは?
長時間労働、低賃金だと…憲法25条の視点で
◇最低賃金が低すぎる問題(岡山の最低賃金は時間給703円)。
*750円で2000時間働いても年収150万円。1250円で250万円。
*日本は「住」と「教育」にお金がかかり過ぎる。
あたりまえと思わないで!
2。それでは、適正な「働き方」「労働条件」はどのように実現するのか
◇労働条件や職場環境を変えるには
・・・個人的な行動では無理(歴史が証明)
◇憲法28条の意味
*憲法からの3つの語りかけ。つくれ・要求せよ・行動だ!
*なぜ憲法で「労働三権」が保障されているのか。
憲法のかかげている理念や基本的人権の実現のために
必要不可欠な労働組合。その活動。特別に保障する必要。
三。学童保育指導員の「働き方」について
1。指導員としての思いと、自分を取り巻く環境
◇自分は、どんな環境のもとで、保育をしているのか
どんなクラブ環境で?(建物、機能、空気、光、音、自然環境、地域)
どんな子どもを対象に?(年令、人数、生育過程、家庭背景、障害)
どんな人数で(何人の指導員で? 経験は?)
どんな集団のなかで?(クラブ方針、文化、集団の質、人間関係)
どんな保護者のなかで?(願い、要求、不安、不満、保護者集団)
どんな労働条件で?(賃金、労働時間、休憩、休日、雇用形態、諸権利)
どんな家庭環境で?(1人暮らし、子育てしながら、家庭事情)
どんな政治のなかで?(国や自治体の学童保育政策・支援、法律)
2。専門職として成長する責任ーその条件
◇コミュニケーション労働&感情労働&教育労働(人間が相手)に
必要な知的熟練
◇知的熟練を蓄積(個人&集団)していくには、
「雇用の継続」がカナメとなる
*「生き生き、はつらつ」できるための労働力の再生産費が必要
*広い視野、多様な価値観にふれる、
文化芸術、読書、政治的教養・・・時間とお金
*雇用の継続という前提なしに、職場集団の知的熟練も
蓄積されていかない。
*「働き続けたい」「働き続けられる」職場か?労働条件か?
―要求の基礎に
3。社会的役割の高さに比べての、劣悪な処遇
(ケア労働への不十分な評価)
◇すすむケア労働(保育・介護・福祉)にたいする
公的責任の放棄(政治の問題)
◇子どものおかれている社会状況についての知見
ー貧困・格差、学校教育、発達環境
◇学童保育とは何かの問い直しと現状分析
*子どもは指導員を選べない。クラブを選べない。
すべての子どもに、学童保育の「質」を保障することが大事。
そのためには何が必要?
*きちんと、ものが言える指導員に
―その保障は労働組合。主権者としての成長。
さいごに:つねに憲法の立場で考える。学びの1歩。歩き続ける。
仲間と。集団の力。
感想文を紹介。
◆今日はほんとうにありがとうございました。とても
わかりやすいお話でまさに「無知の知」でした。
労働者としての私たちは、コミュニケーション労働者
としての知的熟練が必要で、そのには、雇用の継続が
かなめとなり、それは、保育の質につながる、継続
できるためには、「明日も元気に職場に行ける」と
思えるような生活が保障されなければいけない。
それを勝ちとるのは、他人ではなく、自分である。
ひとりでできないことも、みんなの力があつまれば
きっとできることを信じて…勇気と元気がでる時間と
なりました。
◆どれだけ、労働条件が悪いのか再度知ることが
できました。労働組合として、組合に入っている方々と
協力団結して、自分たちの働きやすい環境、条件を
勝ちとっていかないとと思いました。いろんな方と
もっともっと交流を持っていきたい、そこで、他の
意見など聞いて自分のものにしてきたいと思いました。
意見をしっかり言っていきたいなあと思いました。
◆初参加させていただきました。憲法には、大切な
ことがたくさん書いてあることにびっくりしました。
今までの認識が甘かったと感じています。指導員も
クラブも選べない子どもたちに、どこへ行っても質の
保障された学童保育にしていくにはどうしたらいいか、
一緒に考えていきたいと思います。
◆今の雇用状態には、賃金ふくめ、不満があります。
「いいな」と思う人がいても、誘うのをためらうほどの
賃金はやっぱりダメですよね。ゆとり、文化、継続
できるもの。みんなで要求がんばりたい。
◆憲法を通して、自分たちが置かれている状況が
いかに厳しいか、でも団結し、活動する権利があり、
今まで、組合のみなさんががんばってきていて、今が
あるのだと感じた。わからないことだらけですが、
数の力の1人として、できるところには参加していこう
と思いました。
◆全然わからないことだらけですが、長久さんの話を
聞いて、労働組合があるのは昔イギリスの人が
頑張ったからということにビックリしました。労働組合
という組織の大切さが少しわかりました。私も子どもの
ために、自分たちのために何ができるのか考えたい
です。今日はありがとうございました。
◆毎回長久先生の講義を聞いて、集団の力の偉大さ
を感じます。今、組合にいる仲間たちを大切に、さらに
手をとりあえる仲間を増やし、働き続けられる仕事を
目指します。
◆今日は哲学的な「つきつめて考える」ことが印象的
でした。幸福感のとらえ方は、考えたことがなかったですが、
自分にとって、学童の子どもにとって、保護者にとって、
どうなのか、考えるきっかけになりました。それにしても、
どうしてこんなすばらしい憲法があるのに、基本的人権が
おびやかされているのか、とても不条理に感じています。
政治的教養にも、もっと関心をもたないといけないですね。
◆憲法を読み解く必要を感じました。とてもわかりやす
かったです。ありがとうございました。幸福の追求・・・
これを目標にします。私たちは労働者だと認識して
働く仲間が増えることがうれしいです。仲間の声に勇気
づけられたのも先生のおかげです。今後もよろしく
お願いします。
◆社会的健康という言葉が印象に残りました。子ども
たちと毎日相対している私自身にゆとりがあるのだろ
うかとふりかえります。社会がぎすぎすとしてくると、
真っ先に犠牲になるのが文化だと思います。子ども
たちも私自身も仲間も守らなければ、と思います。
集い、学び、語り、考え、動きます。