一。前回までのおさらい
◇考えて行動する、それが人間。
―考えるときに、「ゼロ」から考えるのではない
*これまでの経験、自分のなかにある知識、
相談する(他者、本やネット)
*“ものさし”=ものの見方・考え方(世界観)
◇誰でも、なんらかの、ものの見方・考え方
=世界観を持っている
◇世界を、あるがままに把握する「世界観」
(ものの見方・ものさし・メガネ)を!
◇弁証法(哲学の用語)は、世界を生き生きと
とらえる重要なものの見方
◇「どうせ・・・」ということ←弁証法とは反対の見方
◇弁証法的でない見方は、支配階級(権力を
もつ人)の利益と結びついている
◇世界の生きた姿をとらえる“努力”を!
*弁証法は、すべての対象・ものごとは、
「動いている」ととらえる。
◇発展の見地にたつのが、弁証法の立場
―簡単ではないが、楽しい努力
◇変化のしかたにも、法則性がある
*量的変化と質的変化、矛盾が発展の原動力、
肯定をふくんだ否定、など。
二。対象を「つながりの(連関)」のなかで把握する
1。弁証法の大事な心得のひとつ
―バラバラに考えない、全体をみる
◇どんなものも、つながりのなかで
存在する、ということ
*あるものが「ある(いる)」ということは、
その存在の質を規定したり、その存在を
支えたり、影響を与えている「他のもの」が
あるということ。
*まったく孤立して存在しているものはない。
*「木を見て、森を見失わず」
「われわれが自然あるいは人間の歴史あるいは
われわれの精神活動を考察すると、まずわれ
われの前にあらわれるのは、連関と相互作用が
無限にからみ合った姿」
(エンゲルス『空想から科学へ』)
◇たとえば、生物多様性。
(『Newton』2010年6月号より)
*自然との「関係性」。生物どうしの「関係性」。
*生物は、たがいに密接な関係をむすんで
生きている。1種だけで生きていける生物は
いない。逆にたった1種のふるまいが生態系を
変えることも。
◇『いっぽんの鉛筆のむこうに』
(谷川俊太郎文ほか、福音館書店)
*人間は、たった1本のえんぴつすら、
自分ひとりだけではつくれない
*もののうしろに「つながっている」もの
「君が生きてゆく上に必要な、いろいろな
物をさぐって見ると、みんな、そのために
数えきれないほどたくさんの人が働いて
いたことがわかる。それでいながら、その
人たちは、君から見ると、全く見ず知らず
の人ばかりだ。この事を、君は、へんだな
あと感じたね」
(吉野源三郎『君たちはどう生きるか』岩波文庫)
◇「わたし」(谷川俊太郎ぶん、長新太え)
*わたしは、いろいろな「顔」をもつ。
わたしは、どんどん変化する。
*年齢、地域、仕事、環境、社会、時代・・・
「人間は、他者なしでは、新しい自分になれない」
(平野啓一郎『私とは何か-
「個人」から「分人」へ』、講談社現代新書)
「人間は、自分1人では『自分』というものを
育てることができず、人間になることはでき
ない。人間仲間によって育てられるなかで、
その仲間を(他人を)自分のなかにとりこん
でいくにつれて、しだいに『自分』というものが
育ってくる」
(高田求『新 人生論ノート』新日本出版社)
*人と人とのつながりは、個人の外にあるのと
同時に、それが同時にそのまま個人の内面を
つくる。わたしのなかに「他者」や「社会」が入
り込んでくる。そうした関係性を考え、構築す
ることが大事。どんな「つながり」(人間、自然、
地域、社会)を大事にしていくのかという選択。
どんな自分をつくるのかと密接不可分。
*ただ、一生のうちで、じっさいに出会える人、
就ける職業、行ける場所、できる趣味は限ら
れている・・・。読書(映画や芝居も)は、時間・
空間をこえて、無限の出会い、疑似体験が
可能。「自分づくり」「つくりなおし」が濃縮的に
できる。
◇なぜ自民党政治は、ここまで「アメリカいい
なり」なのか
*歴史的な「つながり」―1945年の敗戦から
約70年間、アメリカへの従属
*政治的つながり、経済的つながり、
軍事的つながり、思想・文化的つながり・・・
2。個々の姿、部分だけをみてしまう傾向
―人間の認識過程でつねに陥る危険
◇私たちの目の前に見えるのは、
「現象」「結果」「瞬間」としての姿
*認識の出発点は、つねに「部分」
*現象の背景にある本質へ認識を深める努力
*結果を生み出した原因へ認識を深める努力
*木も森もみる。森だけでなく木も。
木だけでなく森も。木と森の往復運動。
*たとえば、「生活と労働から疾病をとらえる
見方」について(資料参照)
◇専門化、細分化してきた学問・技術
*科学的思考のひとつのステップとして、
区別する・分類する・細分化する・固定して
みる、という過程。森を遠くから見ていた
段階から、「木」を1本1本細かくみていこう、と。
しかし逆に森が視野から抜け落ちる危険。
*ものづくり、職場の仕事の仕方なども、
どんどん細分化。専門的に。
社会的分業と、職場内分業。
*医療分野でも、専門化・細分化はすすむ
「通常、医療現場では、患者の病状、疾患
別(臓器別という名称もある)に病棟が編成
されている。人間を切り取って、部分で見る
ことがごく普通に行われている。気をつけて
いても、それが日常的であればいつの間に
か『パーツ』としてとらえるようになる。経験を
重ねれば重ねるほど、それは『当たり前』に
なる」
(柳田邦男・陣田泰子・佐藤紀子編集
『その先の看護を変える気づき
―学びつづけるナースたち』医学書院)
◇科学や技術も、幅広い・歴史的視野が必要
*20世紀以降、科学の技術化までの時間が
短くなり、「効率」「便利」「楽に」「早く」「有用」
という価値に重きがおかれ、「この技術が
いかに使われるべきか」ということを「望まし
い社会」との関連づけてとらえたり、社会的
同意がなされないまま、科学技術がひとり
歩きしている状況をつくりだしている。
「科学に従事する者は、単に科学の世界
だけでなく、芸術や歴史や文学や政治にも
親しみ、自分を大きな世界全体の中でとらえ、
自分がなそうとしていることの意味を絶えず
問い直すことが必要」
(池内了『科学の考え方・学び方』
岩波ジュニア新書)
◇「結果を出すこと」(利益をあげること)のみが
追求される傾向など
*企業的価値観が、人間的評価を決めて
しまう傾向。評価の一面化。
*運動なども、目の前のことに埋没してし
まうと、射程の長い戦略がもてなくなる
◇ゆとり・余裕がないと、そういう見方に陥りやすい
*人間への見方、社会への見方が、
表面的・部分的・一面的に
3。弁証法的でない見方は、支配階級の利益と
結びついている(繰り返し強調)
「ここで注意する必要があるのは、それが
政治や経済の上で支配的な地位について
いるものの利益と結びついてくる、というこ
とです。つまり、木だけを見て森を見せない
こと、現状をどこまでも安定した本質的に
不変のものであるかのように思わせること
は、かれらにとって、つごうのいいことなのです」
(労働者教育協会編『新・働くものの
学習基礎講座1 哲学』学習の友社)
◇消費税率、日本は低い??
◇政治は政治、経済は経済、文化は文化。
うちの会社はうちの会社。密接に関わって
いるが、バラバラに考えてしまう傾向。
◇時間を奪うこと=「ゆとり」を奪うこと。
考える、集まることを困難にする。
◇「変革の立場にたつ」ことが、私たちの
ものの見方を磨くうえでは欠かせない。
三。全体(森)をみるうえで大切なポイント
1。比較する(地動説から天動説へ)
◇井の中の蛙にならない。
「あたりまえ」「常識」も、つくられてきたもの。
◇学費問題、対米従属、選挙制度、
・・・とくに日本の「常識」は世界では非常識
2。成り立ち、歴史、背景をみる
―本質に近づくステップ。
◇たとえば人間への見方。
たとえば日本の平和教育の狭さ。
歴史のなかでみる。
◇過去を知ることは、現在をもっとよく
理解するため
3。集団で認識する
―認識を深める努力のもっとも大事な方法
◇みんなで協力しあいながら「木も森もみる」
―討論。本を読む。雑誌を読む。